Churrasco training シュラスコ・トレーニング
私が2002年に日本代表の指揮をとるために呼ばれた時、スタッフにはブラジル人を呼ぶ必要は無いだろうと考えていた。それはフィジカル面でのことだ。里内猛は日本でも有数のプロのフィジカルコーチとして活動しており、彼に任せれば選手達を希望通りにしてくれるという自信はあった。里内とは鹿島アントラーズで出会った。今回は彼に主役になってもらおう。
時間を12年前に戻して鹿島で里内を知った時にする。私はまだチームでプレーしていた。里内はいつもブラジルサッカーのファンでもあった。ブラジルで起きている事を追いかけ、一度はその国へ二人の選手を連れて研修に行く機会にも恵まれた。長谷川と吉田選手を連れてサンパウロFCでアベーリャコーチに付いて実習をした。アベーリャは鹿島でキーパーコーチをしていた。彼がサンパウロFCにいた事もあって、シーズンが始まる前にブラジルのプレ・シーズンを体験した。イタリア合宿へ行く前だった。
さて、私は彼の実習に同行することは出来なかったが、里内は帰国後良い仕事をするであろうと確信を持っていた。だが、彼はサンパウロに残して来た二人の選手に何か問題が起こるであろう事は考えていなかった。もう日本でのビーフステーキはとても高いことは多くの人が知っているだろう。日本の国土が狭いこともあって牧畜を営むことは楽ではないことがある。輸入されているのもあって牛肉は大変高いのだ。
肉の塊が串に刺さって一人前の値段がフィックスされ、食べ放題と言うのに驚き、日本人たちはサンパウロの食べ放題シュラスコに舌鼓を打っていたのだ。昼間は練習して夜は肉攻め。このコンビネーションの結果は・・・・
私が質問したとき里内は歯切れ悪く話した。
「凄く練習していますよ。だけど、ちょっとおかしなことがあって・・・」
良く解らない言い方をしていた。
イタリアに行ってからブラジルでどんな練習をしていたのかその謎が解けた。モデナと言うチームと練習試合をして1対1で引分けた。そして吉田は、テクニックも有って凄く動き回る選手なのに、この時はピッチに釘付け状態だった。いつもの様に走っていなかった。吉田は鈍化していた・・腹が。サンパウロでの練習後には5キロも太っていたのだ。怒りは爆発。試合が終わると私はロッカールームに怒鳴りながら入って行き、里内に怒りをぶつけた。
「だけど、彼らは毎日練習をきちんとしていましたよ。この試合では緊張していたのでしょう。」 と里内。
私が納得行かなかったのは当然である。二人が昼間トレーニングしていたのは明確である。だが夜には吉田はシュラスコ・トレーニングをしていたのだ。フォークを持ち上げるのとナイフは肉を切るために前後に動かすと言うやつをね。長谷川はその点良くコントロールしていた。我々の偉い里内はそんなのは見向きもしなかった。この教訓を彼は忘れては居ない。近くに緊張する口がある時には注意を怠らない。そして吉田選手はとても良く節制する羽目になった。


