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第67号(2008年3月14日)【イタリア】マンチーニ監督辞任騒動〜インテル、CL敗退
「3つのファイナル」。イタリアの3チームがアーセナル、リバプール、レアルを引き当てたチャンピオンズリーグ(CL)のベスト16決戦は、インテルの監督、マンチーニの辞任騒動であっけにとられる中での幕切れとなった。
3月11日、インテルはホームでもリバプールに勝てず(0対1)、CLから姿を消した。試合後恒例の監督記者会見はいつも通りに進んだが、最後の締めくくりでマンチーニがマイクに向かって発した言葉が敗因分析や責任追及をすべくメモ帳にペンを走らせていた記者たちの頭を真っ白にさせた。
「私は今季限りでインテルのベンチから退く」
超高額年俸によるインテルとマンチーニの契約はまだ4年残っており、辞任するなど青天の霹靂。その瞬間からCL敗退、というテーマは二の次、三の次。興味はマンチーニの爆弾発言一本に絞られた。
だが、インテルの選手たちすら当惑を隠せなかった寝耳に水の辞任劇に報道陣も大混乱。こうして“憶測による解釈”は瞬く間に増幅増大し、翌日のニュースは「今季終了を待たず、即解雇もありうる!」と後任監督予想の一色となった。
ところが翌12日の夜、インテルの公式サイトでマンチーニが前言撤回したことで、この騒動はあっけなくピリオドが打たれた。……とはいえ、全てが元の鞘に納まった、とは言いがたい。なぜなら発言の“原因”が解決されたとは思えないからだ。
マンチーニのインテルは今季もセリエAで首位を走っている。もし今年も優勝すれば3年連続スクデット監督となる大偉業。だがここ数カ月、彼の精神は穏やかではなかった。
「あの晩の発言は敗退の辛さも重なってのものだった……」というマンチーニの言葉がそれを裏付ける。
マンチーニの心理状態を不安定にさせていた原因はひとつふたつではない。
1)モウリーニョの影
モウリーニョの影はスペインだけでなくイタリアでも幅を利かせている。オーナーのモラッティはモウリーニョ崇拝を隠していない。担当しているプロジェクトの適任者は他にもいると社長に言っているのを聞いたら気分がいいわけがない。
2)スポーツディレクター、チームドクターとの溝
マンチーニはスポーツディレクターのブランカとウマが合わないと言われている。彼はミランよりも先にパトに目をつけ獲得の希望を伝えていたが、真剣に対応されなかったことも不満のひとつ。また、チームドクターのコンビに対する不信感を公の場で何度となく露にしてきたのだが、この意思表示はフロントから煙たがられるだけだった。モラッティのホームドクターでもあるコンビの地位は揺らぐどころか今年に入って契約延長のサインがなされている。
3)一部選手との問題
彼にとってのお荷物的存在のアドリアーノを手放す意思はモラッティに全くない。カリスマ性の強いヴィエイラ、フィーゴとの関係が良好とはいえず、サンシーロでのリバプール戦でもマンチーニが出した交代出場の指示をフィーゴはあからさまに拒否している。
4)一部サポーターからの攻撃
リバプールでのファーストレグからの帰途、空港でかちあったサポーターが向けた激しい抗議の矛先に。サンシーロでのセカンドレグでも試合中に客席のファンとやりあう姿が見られた。
5)セリエAにおける急失速
26節(3月2日)のナポリ戦で今季初黒星を喫し、その3節前に11あった2位との差が一気に6に縮まったことで独走態勢がグラつき始めていた。
「熟慮を重ねた上での発言ではなかった」というマンチーニの言葉は真実だろう。選手時代からマンチーニはキレると自分を抑えられないタイプだった。人間の性格はそうそう変わるものではない。
こうして考えていくと、あの辞任表明は敗退のショックと落胆が積もり積もった不満と不安の導火線となって口をついたマンチーニのSOSだったのではなかろうか。
辞任発言から2日後、マンチーニはTV番組で親友のヴィアッリに胸の内を吐露した。
「(オーナーの)自分に対する信頼が着任当初と同じなのかどうか知りたかった」
そのオーナー、モラッティはマンチーニの暴挙を許し「今現在これが幸せな解決策であるように思う」と監督の座をコンファームすることで信頼を示した。だがマンチーニの続投に関して残した一言がファンタジーをよんでいる。
「契約期間はインテルに喜んで残ると彼は私に言った。誰かが考えを変えない限りは……」
11日に思わず吐き出したフラストレーションの代償はマンチーニにとって高くつくかもしれない。







