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宮崎隆司●取材・文 text by Takashi Miyazaki
photo by AFLO

第55号(2007年8月14日)カルチョの真実Vol.1 「コベルチャーノの夏〜トライアウト」

すっかり真夏の様相を呈すフィレンツェ(7月27日の気温は41.5℃だった)。だが、その街の東側に位置するコベルチャーノ(=イタリア代表合宿施設)に充満する熱は、街の温度を遥かに凌ぐ感がある。というのも、同施設では7月16日から合宿がスタートしており、ここに集う選手たちの気魄が、この一帯に熱風にも似た空気を派生させているのだ。自然、見る者の体感温度を2度ほど高めているかに思われる。

だが、ここでいう合宿とは、何もイタリア代表のそれを指しているのではない。確かに、代表といえば傍で『フットサル』のメンバーたちがトレーニングを行なっているのだが、その彼らはといえば実に和気あいあい。

施設内に展示されるW杯制覇時の写真をバックに記念撮影したり、往年の名プレイヤー(=現在はイタリア代表U―19のスカウト部長)ジャンカルロ・アントニョーニを(強引に)捕まえてはまたしても写真を撮ったりと、温度を上げるどころか、その余りの明るさにこちらも思わず爽やかな風を感じるという具合なのだ。

では、果たして気温上昇の理由とは何なのか? 恐ろしいほどの形相で黙々とフィールドを走る選手たちとは誰なのであろうか?

答えは、契約を失した選手たち。すなわち、“現在失業中”の選手たちである。

イタリア・プロサッカー選手組合が主催し、今夏で22回目を数える合宿(try-out)に集まった総勢51名。もう一度プロとして活躍の場を得るべく、その可能性に個人差は当然のごとくありながらも、共に汗をかき、互いを励まし合う選手たちの姿が、強烈な日差しに照らされて光を放っている。

選手の内訳は、昨季セリエA所属が7名、同B3名、同C1とC2併せて36名、そして今回から参加が認められるようになったセリエD(アマチュア)所属の選手が5名。カテゴリーの境なく全体を3グループに分け、各々にコーチ陣が3名ずつ付き、午前と午後の2回、極めてハードなトレーニングが行なわれている。

その中、とりわけ周囲の目を惹く選手がひとりがいる。1968年生れの39歳。セリエAでの通算ゴール数188(歴代7位)を誇る、“ベッペ”ことジュゼッペ・シニョーリ(写真)。やはり、小柄ながらも存在感は他を圧倒し、左足から繰り出される鋭利なシュートも、混戦から抜け出す際の速さも健在。何より、そのゴールに対する執念は他の参加者の比ではない。この日の紅白戦、ベッペが決めたゴール数は3。いずれもが、自分よりひと回り以上も若いDFたちを置き去りにして奪ったものだ。

とは言え、同合宿に参加するベッペの意図は他の選手と明らかに一線を画す。彼はすでに現役引退を正式に決め、「コーチ・監督養成講座」に参加するためコベルチャーノに来ているのだ。

同合宿では練習の他、指導者ライセンス取得のための講義も同時に行なわれており、その中、ベッペは最も優秀な生徒であるという。よってトレーニング参加の目的は、本人いわく「あくまでもコンディションの維持」。だが本音はと言えば、「8月にバカンスで海に行くとき、たるんだ身体じゃ女の子にモテないからね(笑)」。

しかし、一度ゲームに出るや、先ほども述べた通り、あたかも“W杯決勝か?!”という程の集中力を見せる。絶対に負けを許さない。味方の緩慢なプレイには容赦なく罵声を浴びせ、最後の1秒までゴールを執拗に狙い続ける。

だからこそ、必然的に周りもテンションを上げ、もうひとりの元セリエA選手(マルコ・デルベッキオ=元ローマ、インテル)も負けじとプレイの激しさを増し、流れるような汗を全身から発している。恐らく、芝の上の温度はすでに50℃にも達しているのではないか……。

一方、このコベルチャーノを一歩出れば、巷は大枚飛び交う移籍報道が溢れている。“インテルがキブ移籍に30億円を投資”、“ロナウジーニョ獲得にミランが100億円を用意”、“17歳のブラジル人FWパトに対し、イタリアのクラブ複数が揃って40億を提示”、など。

無論、そうしたニュースはここにいる選手たちの耳にも届いている。昼食を終えた彼らがエスプレッソを呑みつつ、テーブルに置かれたスポーツ新聞を食い入るように見る姿は印象的であった。

当然、彼らが真っ先に開くのは、移籍市場における各クラブの動きを報じたページだ。誰かが開くと、その背後は瞬く間に人だかりになる。そこには、クラブ毎に“交渉中”、“放出”、“獲得済”という覧が設けられ、傍には今後の動きを詳細に予想する記事が書かれている。

「あいつを狙ってるってことは、俺にはチャンスが……」。昨季はC1でプレイした31歳のMFが、テーブルから離れ、ひとり呟くように漏らした言葉だ。

そこへ御大ベッペが、彼もまた食後のカフェを呑もうとやってくる。そして新聞を囲む者たちに近付き、その内のひとりの肩を抱きながらこう言った。

「お前ら、そんな暇があるんだったらフィールドに行けよ。新聞なんて読んでいたって誰も拾ってはくれないぜ。チャンスってのは、いつだってフィールドの上に転がってるものだ。必死こいてボール蹴ってりゃ、そのボールがいつかチャンスにぶつかってくれるものなんだよ。その音を聞き逃すな。俺も、そうやって一つひとつゴールを積み重ねてきたんだ。午後の練習、俺より遅く来たヤツは、グランド10週のペナルティだ!」


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