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内海浩子●文 text by Hiroko Uchiumi
photo by Reuter/AFLO

第53号(2007年6月8日)【イタリア】ユヴェントス、デシャン監督辞任〜新体制とリッピの影

それはマスコミどころか選手にも寝耳に水だった。5月26日土曜日、セリエA昇格を決めた直後のこの日のホームゲームはお祭りムードになるはずだった。ところがオリンピコに充満していたのは戸惑いの空気。試合前夜の23時3分、ユヴェントスの公式サイトにデシャンの辞任が発表されたからである。

オリンピコの記者席はフランスから駆けつけたメディアも加わって超満員。誰もが目の前のゲームそっちのけで慌しく情報収集に走っていた。

試合は実力の差を見せつけてユーヴェの快勝。だが終了のホイッスルと共に、自分の名前を叫ぶゴール裏ファンには目もくれず、デシャンは足早にロッカーへと続く通路に消えていった。そして、これがユヴェントスの監督として座る最後のベンチとなった。

5月23日水曜日、デシャンはユヴェントスの社長で同郷フランス人であるブランと共に本社でミラン対リヴァプールのCL決勝をTV観戦。その後、ふたりはレストランで会食し、別れ際にデシャンが辞任の意をブランに伝えたといわれている。

この結末が導かれた理由をブランは淡々と語っている。

「チーム作りにおける彼の立場、現在の契約内容の見直し、そして2010年までの契約延長の中身。これら我々が提案した内容をデシャンは3つとも受け入れられるものではない、と答えた。それであれば、今後、彼と共に先へ進むことは難しい」

だが、デシャン辞任の最たる原因は、補強選手名でも、年俸の少なさでもなく、スポーツディレクターであるアレッシオ・セッコとの衝突と見られている。それは25日、試合前の定例記者会見でデシャンがセッコの存在を完全に無視する発言を繰り返したことでも見てとれる。

デシャンはユーヴェ内の自分の立場にある程度自信を持っていた。ゴール裏の熱狂的ティフォージが味方についていたし、会長を初めとする役員も口を揃えて「100%デシャンを信頼している」と公言していたからだ。

こうして彼はブランに「自分をとるか、セッコをとるか?」とセッコの首を要求した。ところがそれに対してブランは首をたてに振らなかった。結果、プライド高きバスク人、デシャンは自らが身を引くしか道はなかったのである。

ユヴェントス内でセッコがアンタッチャブルだからなのか、といえば、そういう訳ではない。デシャンは自分で墓穴を掘ったのだ。

彼はシーズンを通して少々神経質だった。そのイライラは「セリエAに戻ったらベンチにはリッピが復帰」という噂がまことしとやかに流れ出したシーズン後半に入るとさらにエスカレートし、一部のフロント(=セッコとコンサルタント役のベッテガ)とうまくいっていないことを公の場で示唆。さらに彼の代理人もフランスフットボール誌のインタビューでデシャンの不満を語るなど、“身内”を攻撃する態勢に入っていた。

どの世界でもそうだろうが、立派な実績のあるリッピ、カペッロ、アンチェロッティのような監督がこのような行為をとれば、世間やフロントは聞く耳を持つ。しかし、デシャンはその部類に入る監督ではまだない。

また、元イタリア代表で現TV解説者のベルゴミが「ビッグクラブにとって最も危険なのは、ナーバスな存在を抱えること」と言っているが、もともとユヴェントスはいかにスーパースターだろうが“不平分子”には体よく出ていってもらうタイプのクラブ。

つまるところ、デシャンは“敵”を見間違えたのだ。セッコはユヴェントスという大企業の中間管理職に過ぎない。セッコの言動の背後には、デシャンが自分の味方と信じていた社長のブランがい たのである。

デシャンがもうひとつ目測をあやまったのは、ユーヴェの重役だけでなく選手もファンも完全に自分のサイドにいると確信していたことだろう。

昨年夏、彼はユヴェントスがセリエCに落とされるかもしれない状況で契約にサインした。その英断に誰もが大きな感謝の意を示してきた。新聞各紙はデシャンがティフォージから絶対的人気を博していると連日報じていた。その一方で、“カリスマ”モッジの後を継いだスポーツディレクター“一年生”のセッコに対する風当たりは強かった。

ところが、いったんデシャンの辞任が発表されると、意外にもファンの反応はクールだった。彼らは口を揃えて「デシャンにはとても感謝している。でもセリエAを闘うならリッピの方がいい」と、デシャンの苛立ちの原因でもあったリッピを歓迎するコメントを次々に残したのである。そしてファンも選手も「辞任は残念な結果」としながらも、辞任へと導いたフロントへの抗議も、泣いて追いすがる姿もそこにはなかった。

デシャンが荷物をまとめてから9日後の6月4日、ユヴェントスは来シーズンの新監督をお披露目した。後任に選ばれたのはクラウディオ・ラニエリ。ビッグタイトルこそないものの、戦術に長け、今のユーヴェにとって必要な若手育成でもその手腕を高く評価されている人物だ。

また、ラニエリはブービーの座をひた走り降格間違いなしと言われていたパルマを4月に引き継ぐと、スクデット争いをするチーム並のポイントを稼いで奇跡の残留へと導いた文字通りの立役者。その記憶はイタリア人の脳裏に鮮やかに刻まれたばかりで、印象はすこぶる良い。さらに、ラニエリは温厚な性格でも知られており、間違っても自分からトラブルを起こすような人物ではない。

このフロントの人選は、選手からもファンからも評論家からも拍手喝さいで迎えられた。だが、ユヴェントスの苦しい道のりは始まったばかりだ。いったん解体してしまった強豪チームを作り直すには金と運、そして時間が必要だ。

しかし、天下のユヴェントスが「とりあえず来季はA残留」などというチープな目標を立てるわけにはいかない。すぐに上位(=4位以内)を争えるような結果が出せなければ、デシャンを悩ませたリッピの影が、ラニエリを迎えた新体制のユヴェントスにもチラつくことになるだろう。


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