井田新輔●撮影 photo by Shinsuke Ida
第95号(2008年1月8日)【ラグビー】理論武装と人心掌握、魂のタックルで決勝に挑む! 〜慶大ラグビー部・林雅人監督の軌跡
「11月3日、メイジに引き分けたときだけは泣きましたね」
試合後の会見と、テレビ用のインタビューを終えた直後。慶大ラグビー部監督・林雅人がいつもの明瞭な口調で述懐する。
08年1月2日、国立競技場。慶大は大学選手権準決勝で明大と対戦した。明大とは11月の対戦では29対29と引き分け、就任初年度の対抗戦で優勝を逃していたが、この試合は34対22で勝利、見事雪辱を果たした。
そして、12日に行われる決勝戦への出場を決めた――。
07年12月のとある夜、青白いスタンドが人工芝を照らす、慶大日吉グラウンド。
2人組がへその位置にロープを持ち、ピーンと張っている。その下をくぐって向
こう側の選手にタックルを繰り返す――。そんな選手の姿があった。
結局対抗戦を3位で終えた林は「もう、開き直ってやるしかない」と、チームの課題克服に着手していたのだ。
焦点は慶大伝統の“魂のタックル”だった。「(11月3日の)ショックが癒えぬうち」の早大戦(11月23日・●=0対40)では、CTB中濱聡志、WTB山田章仁ら主力選手のタックルの甘さが目に付いたという。そこで採用したのが上記の練習だった。特に気になった選手には“居残り追加練習”も課した。
こうした練習は慣習的、機械的に行うとヘソを曲げる選手が必ず出るが、そこは理論を重んじる林である。「試合中のタックル成功率が勝敗を分ける」ことをデータ、映像などを通じて具体的に説明し、明確に意図を理解させた。有無を言わせぬ徹底的な準備は、彼の真骨頂なのだ。
「林監督のおかげで、しっかり集中してできていると思います」
絶対的な才覚と努力に裏打ちされた頑固さを持つエース・山田も大声を出し、ロープの下を何度もくぐる。他の選手も嫌がるどころか、意欲的に取り組むのだった。
それもこれも「自分の現役時代(に接してきたコーチ)の反面教師ですね」と、林は言う。具体的な説明もなく、頭ごなしに練習を課す指導がイヤだった。豪州へのコーチ留学も敢行し、自分はきちんと説明するコーチになろうと意識している。
当然、予定通りに行かないこともある。たとえば学生特有のワガママ。それでも「そのワガママがみんな思っていることであれば素直に受け止めてくれる」(山田)。これも何かの「反面教師」か。理論武装を基盤としつつ、ただの「理論派」ではない林の部分が、選手たちの支持を得ている。
林はチームの熱を大事にする面も併せ持つ。監督就任にあたり、全4年生部員に日吉寮への入寮を命じた。もちろん押し付けではなく、明瞭な意図説明の上で。定期的なチームディナーで親睦を深める。日々の練習で「レッドチーム、イエローチーム」の2項対立を意識させるべく、各選手に赤と黄色の2枚のジャージを配布している。いずれも「集中しやすい環境を作っていただいています」(山田)と、好評だ。
幸い、選手権では1回戦から準決勝まで、大型FWを擁する似通ったチームとの対戦が続いた。ハイパントを相手バックスリーの手前に蹴り相手FWを後ろに走らせる、できるだけ早い段階で大型選手のスタミナを奪って走り勝つ――。この戦法を一貫できたと林は笑う。
「ウチは相手よりも小さい。でもその分相手よりも走れるんだ! 走り回れば相手の足は止まるんだ!って。ほとんど宗教です」
さらに準決勝の明大戦では、試合開始前のコイントスに勝った。マイボールキックオフを獲得し、立ち上がりから敵陣でプレーできた。
「今のラグビーはボール保持率よりもエリア獲得率なんです。この間のW杯を見てもそうでしょう」(林)
風上陣地だったこともあり、前半だけで4トライを奪った。好守ともに出足鋭く、そこに山田の予測不可能なプレーが彩りを加えた。後半は明大の重量FWが息を吹き返したが、慶大は膝下への、時には足首へのタックルを徹底し、逃げ切りに成功した。さんざん練習した“ローファストタックル”が光った。
徹底した勝利の方程式を、ひとつになった黄黒のフィフティーンが見事、実行したのだ。
14時ちょっと前の青空。ノーサイドの瞬間。トライにチャンスメイク、守備に奔走した山田は満面の笑みでチームメイトと抱き合う。そして、林の眼前に立つと表情を正し、がちっと握手を交わすのだった。
林が「ボクにとってはすごくいい子。でも、そうでないコーチにはまったく逆でしょうね」と分析する、稀代のトライゲッター。そんな山田も監督の林、敬愛を込めて“mattさん”には最敬礼する。
小麦色に焼けた肌からのぞく白い歯、そして徹底した理論武装と人心掌握をモットーとする若き知将は、決勝の舞台にどんな策を用いるか。
相手は、優勝候補大本命とされる早大である。








