中村博之/フォート・キシモト●撮影 photo by Hiroyuki Nakamura / PHOTO KISHIMOTO
第92号(2007年12月18日)【フィギュアスケート】進化するために越えなければいけないハードル〜グランプリファイナル
「ショートプログラム(SP)は自分でもうまくいかないっていうのがあって、ちょっと引っかかっているんです。なので今回も、それが出てしまったと思うんです」
12月14日からのフィギュアスケートGPファイナル。金妍兒に次ぐ2位に終わった浅田真央は、試合後こう洩らしていた。
今季は一度も完璧に滑ったことのないSP。最初の連続ジャンプで転倒してしまった浅田は、次のトリプルルッツも事前のステップで躓いて回避するという最悪の滑り出し。出場6名中最下位で発進するという事態になってしまったのだ。
それでも2位のキャロライン・ザン(アメリカ)との差は1.78点と射程圏内。だが、首位の金妍兒とは5.58点差と厳しい。
「今年はSPがダメでもフリーはいいから。それを信じて滑りました」
こう言う浅田は、フリーで意地の滑りを見せて最高得点を出した。だが、SPの最初のジャンプで手をつき、フリーは2番目のトリプルループで転倒するという金妍兒の隙を突けずに敗退。彼女との直接対決で3敗目を喫してしまったのだ。
敗因は誰の目にも明らかな、SPの不調である。
大人っぽさを表現しようとしている今季のSP。プログラム内容はこれまで以上にシビアなものになっている。2分半の演技で3種類のジャンプを確実に決めなければ高得点を取れないうえに、すべての要素がギッチリと詰め込まれているため、どこかでリズムを崩してしまえばその後に影響して音楽と合わせられなくなる。日本スケート連盟の平松純子フィギュア部長は「ステップで躓いたから、あのあとルッツを跳んでも転倒していたでしょう。それでも跳んでいれば何点かは加算されて金妍兒との得点差を詰められたけど、それをすると後がきつくなると考えたんでしょうね」と説明する。フリーより短い時間のSPだからこその難しさだ。
「フリーはいっぱい練習しているから自信があるんですけど……」
と言う浅田。SPの試合前の6分間練習ではスピード感も無く、表情にも動きにも硬さが目立ち、午前中の練習とは別人のように見えるほど。これまで完璧にできていないことで、恐怖心さえ持っているかにも思えた。
フィギュア人気が盛り上がってきた近年は、3月末のシーズン終了後にもアイスショーが目白押しの上、エキシビジョンマッチまで開催される始末。選手たちは、新しいプログラムを作り上げる時間をドンドン削られているのが現状だ。その中で、内容や質を上げたプログラムを完成させるのは至難の技ともいえる。今季、浅田がSPで苦しんでいるのも、じっくりとプログラムを熟成させる時間がないというのが大きな原因になっていると思われるのだ。その点では、周囲の関係者が彼女たちの進化を阻害しているともいえる。
SP最下位発進という重圧を感じながら臨んだフリー。浅田は、初めて経験する1番滑走にも不安を持っていた。それでも7回のジャンプを着実に決め、132.55点という、フリー得点シーズンベストを出したのは彼女の底力ゆえだ。それでも全体的な滑りはまだまだ硬く、彼女本来のしなやかさを出し切れていなかった。
平松フィギュア部長はこう言う。
「真央ちゃんの表現力は去年よりすばらしくなった。でも以前は怖いもの無しで楽しく滑っていたけど、今は下の世代の選手も出てきて追われる立場になっている。それを意識している部分もあると思います」
失敗続きのSPを完璧にしなければいけないと焦り過ぎてしまうのも、そんな“追われる立場”という意識が、心の中にジワジワと染みだしているからでもあるだろう。
それは浅田だけでなく、金妍兒にも言えることだ。シニア初挑戦の昨シーズンは、怖いもの知らずで戦ってGPファイナルを制した。世界選手権こそ安藤美姫、浅田に次ぐ3位だったが、今シーズンはGPシリーズ2勝で、最高得点もSP、フリー、総合ともにダントツのトップ。「勝って当然」と自他とも認めながら臨んだファイナルだった。そのため彼女も、SP、フリーともに大きなミスを犯し、完璧な演技をできずに終わったのだろう。
だがこれも、ふたりにとっては進化するためには越えなければならないハードルだ。無欲で戦って結果を出すのではなく、欲を持って戦い、その上で結果を出すというのが本当の強者の戦いでもある。
今季のふたりは、昨季より確実に進化した姿を見せている。浅田の滑りは昨季より優雅になり、金もしなやかさを増している。世界一を決めるGPファイナルで、大きなミスを犯しながらもダントツの1位と2位になったということは、ふたりの演技が他の選手とは別次元になっていることの証明だ。
浅田はSP恐怖症の払拭。そして金は今回感じた“追われる重圧”からの脱却。ふたりがそれを実現すれば、ともに次の段階にステップアップし、来年3月の世界選手権はこれまでにないハイレベルな戦いを見せてくれるようになるはずだ。
ふたりがライバルであり、相手に勝ちたいと思うからこそ、互いに進化し続けなければならない。ひと時たりとも休むことが許されない状況。それはふたりにとって厳しいとはいえ、この上なく恵まれた環境ともいえる。
彼女たちがこれからのフィギュアスケートをどこまで進化させていくか。それも目撃できる立場にいる私たちもまた、この上なく幸せなのだ。






