築田 純/アフロスポーツ●撮影 photo by Jun Tsukida/AFLO SPORT
第87号(2007年9月21日)【柔道】日本男子惨敗。進化する世界の柔道〜世界柔道選手権
9月13日からブラジルのリオデジャネイロで開催された世界柔道選手権、大会初日から日本男子惨敗劇の幕が開いた。100kg超級の井上康生と、100kg級の鈴木桂治(写真)が相次いで2回戦で敗退してしまったのだ。
ともに日本柔道界を代表する重量級のエース。特に大会連覇を狙う桂治は昨年の不調からも脱出。今年4月の全日本選抜体重別選手権と、無差別で争う全日本選手権を連覇して代表になっていただけに、大会でも優勝候補筆頭とみられていたのだ。
勝負を分けた判定は微妙だった。勝負は3分を過ぎてからと冷静だった桂治は、開始2分48秒に組んだまま後ろへ下がるエディジュス・ジリンスカス(リトアニア)を追いかけて右足を出し、得意の大外刈りを放った。掛かりは浅くかするような技だったが、相手は背中から倒れ込んだ。しかし、投げ終えて相手を飛び越えるように転んだ桂治は、死に体に近くなっていたジリンスカスに体をコントロールされていたと判断され、返し技の“横分れ”で投げられたと判断されたのだ。
「下がる相手を追いかけていって出す大外刈りは桂治の得意技なんですよ。国内の審判ならそれを知っているから、必ず桂治の一本勝ちを宣言していたでしょうね。だが今はヨーロッパ主流の審判技術になっているから、見解が違う。悪いところへ、ポンとハマッてしまった感じです」と、斉藤仁男子監督。
ヨーロッパの審判は先に仕掛けたどうかではなく、最後まで相手の体をコントロールしていたのはどちらかという部分を見る。審判は投げた後不用意に回転してしまった桂治の動きで、返し技が決まったと見たのだろう。
「大外刈りで投げた後にゴロンと転がるのは普通だし、僕は大外刈りをしっかり掛けたという感触しかないですから。それは返されたといわれてもしょうがないし……。決めが甘かったといわれるなら、決めを甘くしない練習をしなくてはいけないし、投げた後抜くなといわれればその練習をしなくてはいけないですし」
桂治は憮然とした表情で語った。
結局ジリンスカスも4回戦で負けて準決勝を逃したため、敗者復活戦進出もなし。5位以内に入れず、来年の北京五輪出場枠も逃したのだ。
その直前にあった康生の判定も微妙だった。身長204cmのテディ・リネール(フランス)に右釣り手を封じられて、柔道らしい柔道をまったくできない展開に持ち込まれた。相手は、昨年の世界ジュニアと今年のヨーロッパ選手権を制して注目される18歳の若手だ。
終了9秒前になってやっとチャンスを見つけた康生が小内刈りを繰り出して相手を倒したが、桂治と同じように相手の返し技が有効とされ“浮き技”で「有効」を取られてしまったのだ。
康生は自分の技が決まったはずだと、憮然とした表情をした。
「投げた感触はあったけど、残念というか、こんなものかなという気持ちもありますね。今回は負けがどうこうというより、自分の柔道が大きくズレていた感じがするので」
こう話す康生は、敗者復活戦は勝ち上がって五輪出場枠は獲得したものの、3位決定戦ではジョアン・シリトレー(ブラジル)に敗れてメダルを逃した。
負けた試合はともに右釣り手を封じられて自分の柔道をまったくできない展開だった。今年4月の全日本選手権でも、国士館大勢の立山広喜や石井慧が康生対策にとってきた戦法だ。8月の合宿ではキレも戻り、スタッフも「これならいける!」という感触を得ていた。だがその組み手の課題は克服しきれていなかったといえる。まだ試合勘は完全に戻っていないのか。
その翌日の90kg級では、前回カイロ大会の優勝者である泉浩が3回戦で散った。カイロ以降はケガで苦しみ、今年の体重別選手権も3位に終わったが、実績を重視されて代表に選ばれていたのだ。
2回戦は鮮やかな一本背負いで勝ち上がったが、3回戦の相手イワン・ペルシン(ロシア)は、掛け逃げ気味の隅返しを繰り返してきた。開始3分10秒にもぐり込んで肩車を掛けようとすると、力を入れた瞬間に透かされて反対に「技あり」を取られてしまう。
「投げられたわけではないから負けたという感覚がないので……、次にどうしたら勝てるかということを考えていくしかない」と、語る。
結局大会を終えてみれば、最終日の無差別級で棟田康幸が金メダルを獲得したが、五輪種目では73kg級の金丸雄介が銅メダルを獲得しただけ。五輪代表枠も7階級中5階級で逃し、来年4月のアジア選手権で獲得しなければいけないという最悪の事態になってしまったのだ。
「外国選手対策は徹底してやりましたよ。だが、朽木倒しなどは研究できたけど、切り返し技は相手がなかなか出してくれなかったから研究はできなかった」と吉村和朗強化委員長は言う。結局は、返し技を狙ってくる外国選手対策はできていなかったということだ。そこにメダル候補たちがハマッてしまった。
銅メダルを獲得した金丸は「指導を出すのが遅くなり、掛け逃げもあまり取らなくなったから、自分向きの傾向になっている」と、つなぎの技に巴投げを多用していた。この傾向は04年アテネ五輪で、対戦するほとんどの選手が康生対策として取り入れていたものでもある。アテネ後はその傾向が顕著になっていたが、その今の判定の流れへの対策もできていなかったということだろう。
ロシア人コーチのひとりは「日本は伝統に捕らわれすぎている」と語った。柔道が国際化して以来、幾度かの揺り戻しはあったものの、各国は確実にその柔道を進化させている。それに対応するべき日本が「柔道はこうあるべきだ!」という観念に捕らわれすぎているのは確かだろう。世界大会の選考試合である全日本選手権が、国際ルールではなく“講道館ルール”で行なうことにどういう意味があるのだろうか。日本柔道の伝統を守りたいという意義は認めるが、冬場の遠征だけでなく、もう少し海外の大会に参戦させるなどの対策をとっていても良かったのでは。
ヨーロッパではひんぱんに大会があり、選手たちはその真剣勝負の場で相手がやろうとしている柔道や、判定基準の傾向を肌で感じ取っている。日本の場合は企業チームが基本で国内試合もあり、選手をひんぱんには海外遠征へ派遣できないという都合もあるが……。
今回は、海外の試合に慣れていないという弱点がモロにでてしまった結果といえる。さらには、過去最高のメダル7個を獲得した女子が、初出場選手が3人だったのに対し、男子は66kg級の秋本啓之ただひとり。その期待の新星も6月の大会で右ひじを脱臼しており、完璧な状態ではなかった。国内選考会で負けても代表にしてしまうという選考が、チーム内に新たな刺激を入れる機会をなくしているともいえる。
世界選手権でも毎回結果だけを追求するのではなく、4年スパンの五輪を念頭に置いた強化というものも考えた方がいいのではないか。今回の惨敗は様々な課題が積み重なっての結果なのだ。
吉村強化委員長は大会最終日に、これまでの強化計画を一旦白紙に戻し、少数精鋭の強化をしていくと話した。その中では、「この選手しかいない」という階級では、長期間の海外遠征も視野に入れるという。その新しい試みがどんな効果を男子チームにもたらすのか。
日本柔道は何といっても男子の強さがあってこその地位を保てるものだ。今回の惨敗で目が覚めた男子チームの、これからの11カ月に期待するしかない。






