第75号(2007年4月2日)【カーリング】チーム・青森、絶好のチャンスを逃す〜世界女子カーリング選手権
青森市の青森県営スケート場にて、世界女子カーリング選手権(3月17日〜25日)が開催された。
日本代表としてこの大会に出場したのは、トリノ五輪ですっかり有名になった“カー娘”こと、チーム青森。すでに、小野寺歩、林弓枝の中心選手が第一線を退いたが、目黒萌絵、寺田桜子、本橋麻里という五輪経験組に、山浦麻葉が加わった。
同選手権はアジア初開催で、しかも、地元青森。今年1月には冬季ユニバーシアード(トリノ)で銅メダルを獲得し、勢いに乗っていることもあり、新生・チーム青森の意気込みは、並々ならぬものがあった。事実、予選リーグ(出場全12カ国の総当り)の1、2戦でドイツ、チェコに連勝し、目標とする準決勝進出(上位4カ国)へ、最高のスタートを切った。
しかし、好調に見えたチームは、ロシアとの第3戦で思わぬ落とし穴にはまってしまう。
日本は4対4で迎えた8エンドに2点をスチール。1点リードで、最終の10エンドを迎えていた。後攻の日本は、最後にスキップ目黒がドローショットを決めさえすれば、勝利が決まる……はずだった。ところが、ストーンは無情にもハウスを通り過ぎてしまう。
同点に追いつかれはしたが、それでも延長の11エンドは、日本が後攻。勝ち越すことはそれほど難しくないかに思われたが、10エンドのVTRを見るかのように、またしても最終の目黒のドローショットがハウスの中心を外れ、ロシアのストーンよりも外に出てしまったのである。
結局、10、11エンドと続けて、有利なはずの後攻を生かせず、日本は思わぬ逆転負け。結果的にこの結果が選手をナーバスにさせ、最後まで尾を引くことになるのである。
「ロシア戦は勝てる試合を、私のミスで負けてしまった。悪い流れを変えようと思ったのに……」
目黒がそう言って唇をかんだのは、直後のスコットランドとの第4戦後のこと。またしても、8、9エンドに目黒のショットにミスが出て、連敗を喫することとなった。
続く第5戦こそイタリアに勝ったが、その後は5連敗。4位以内のためのボーダーラインは4敗、混戦になっ ても5敗と見られていたが、日本はそのラインで踏み越えてもなお、後退し続けてしまったわけである。
3勝4敗で迎えた、前回王者スウェーデンとの第8戦では、悪い流れを断ち切ろうと、「ユニバーシアードのときの作戦に戻した」(本橋)。それが功を奏し、落ち込んでいたチームはいくらか積極性を取り戻したものの、大きく流れを変えるには至らなかった。
流れに乗れないチームを象徴していたのが、カナダとの第6戦だった。カーリング大国に敗れた4選手は試合後、口を揃えて言った。
「基本的なショットを決められなかった」
これに、記者からは質問が出る。
「なぜ“基本的な”ものが決められないのか? 強豪相手でプレッシャーがあったのか?」
とりわけ、どうしても役割上、素人目にもミスが分かりやすくなる目黒へは、厳しい質問が多くなる。このミスを巡るやりとりでは、キャプテンの寺田が不快感をあらわにする一幕もあった。
「アイスの状況は、ホント1試合ごとに変化する。それをつかめないと、探りながら試合を進めることになって、ショットが難しくなる。(なぜ決められないのかという)そういう質問は失礼だと思います」
カーリングとは、実に繊細な競技である。氷の状態、気温、湿度……、さまざまな条件の変化によって、ストーンのスピード、曲がり方が微妙に変化する。それらの条件をいかに早く手の内に入れるか。すなわち、アイス・リーディング(氷を読むこと)が重要なのである。
それにしても、だ。ここは世界一を決める戦いの場である。そして、彼女たちは日本代表である。正直、彼女たちが揃って「基本的なショットが決められなかった」と発言することには、私自身も違和感が残った。
トリノ五輪を経て“カー娘”は広く知られたかもしれないが、カーリングという競技そのものが、正しい形で広く認知されたわけではない。例えば、「氷が読めていなかった」といった表現ならば、よりカーリングという競技の奥深さを伝えることにもなったのではないか。そんなことも考えた。
だが、プロでもない彼女たちに、そこまで求めるのは酷なのかもしれない。テレビや新聞の締め切りの関係で要望があったのかもしれないが、1日の最後にではなく、毎試合後に必ず日本選手だけは会見が行なわれた。1日2試合をこなす日程上、2時間後には次の試合が控えていたとしても。それは彼女たちには酷な時間だった。取材側の知識も十分なものとはいえず、選手たちに十分な配慮ができるはずもない。「なぜ決められないのか?」「なぜ調子が悪いのか?」これらの言葉が、決して調子のよくない彼女たちを(とりわけスキップ目黒を)精神的に追い詰めていったことは、想像に難くない。
トリノ五輪を経て、“カー娘”は人気を得たが、それはカーリングという競技そのものとイコールではない。その意味で今大会は、カーリングの認知度を上げる絶好のチャンスだったのかもしれない。その結果、彼女たちは選手であると同時に、広報も務めなければならなかった。だが、すべての期待を20歳そこそこの女の子の肩に背負わせ、しかも上位入賞という結果までも期待するのは少々酷ではなかったか。
新生・チーム青森にとって地元開催の晴れ舞台は、辛く厳しいものとなった。最終のアメリカ戦を勝利で終えられたことが、せめてもの救いだった。






