| 水野光博●文 text by Mitsuhiro Mizuno | |
| 第60号(2006年7月7日) | |
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【NBA】シワの数だけ、その深さだけ〜PLAYOFFS 2006 トロフィーを掲げるHCの顔には、18年前にはなかった、深く、そして無数のシワができていた。 パット・ライリー、61歳。 36歳の若さでレイカーズのHCに就任すると、いきなり最初の9年で7回、チームをファイナルに導く。うち4度の優勝。その敏腕ぶりに加え、長身かつ端整なマスク、そして常にアルマーニのスーツを身にまとう。ゲーム中、コート上の選手には口笛で指示を出す。NBAきっての伊達男は、しかし、勝っても勝っても勝利に飽きることはなかった。彼の口癖はこうだった。 「上昇を止めた瞬間、下降は始まる」 先に根をあげたのは選手だった。88年レイカーズは連覇を果たす。選手はライリーの厳しい練習、プライベートにまで規律を設けることに不満を漏らし始める。王者の奢りが首をもたげたのだろう。だが、チームを追われたのは、選手ではなくライリーだった。奢りは、ライリーにもあったのだろう。 「当時の勝利は、すべて自分のものだと思っていた」 選手は駒、自己実現のための道具に見えていたのかもしれない。以後、今季ヒートで優勝するまで、ライリーは18年間チャンピオンになれなかった。 それでも、まったくチャンスがなかったわけではない。もっともチャンピオンに近づいたのは12年前、94年のことだ。レイカーズ辞任後、ライリーはニューヨーク・ニックスを指揮した。そしてニックスを、“ショータイム”と呼ばれた超攻撃型のレイカーズとは対照的な、超守備的なチームに育て上げる。パトリック・ユーイング、チャールズ・オークレー、アンソニー・メイスン、ジョン・スタークス。肉体的な強さのみではなく、魂で守るのがニックスのスタイルとなった。 ライリーが就任して4シーズン目、ニックスはファイナルに辿り着く。対戦相手はアキーム・オラジュワン擁するヒューストン・ロケッツだった。対戦成績は3勝3敗となり、優勝の行方は最終戦に託される。 しかし、ニックスは第7戦であっけなく敗れる。 敗因は、ジョン・スタークスの不調だった。レギュラーシーズン、そしてプレイオフ、ニックスのアウトサイドの要として大活躍だったスタークスだったが、ファイナルでスランプに陥る。第7戦に限って言えば、彼が放った18本のシュートのうち、決まったのは、わずかに2本。3Pにいたっては11本中1本も決められなかった。それでもライリーはスタークスをベンチに下げようとはせず、最後までシュートを打たせ続けた。 14年たった今でも、ニックスファンの間では、第7戦でのスタークス起用の是非が話題になる。もちろん、どちらが正解だったかなど結論は出ないのだが。 ライリーは、敗戦後のインタビューでスタークスの起用法について聞かれている。彼は、眉ひとつ動かさずこう言った。 「ダンスは、パーティーに連れて行ってくれた相手と踊るものだ」 レイカーズでの最後の優勝から、6年の月日がたっていた。しかし、重ねたのは年齢だけではない。ライリーは、経験も人徳も重ねていた。 今季のプレイオフでも、ライリーはダンスを踊った。ファイナルに導いてくれたパートナーとともに。 ヒートの2連敗で始まったファイナル、その敗因は明らかだった。シャックのFT。2試合合計16本のFTをシャックは放ちながら、決まったのはわずかに2本。マブスのディフェンス陣に、徹底的にゴール下で潰された。FTの苦手なシャックに、FTでの得点は止むを得ないが、FGを絶対に決めさせないというマブスの戦略に見事にハマッた形だ。第2戦の5得点は、シャックのプレイオフ最低得点記録となった。ライリーは、アロンゾ・モーニングをスターターにという選択肢もあった。だが、シャックを使い続けた。対照的に、マブスのエブリ・ジョンソンHCは、対戦相手に合わせてスターターを変えてきた。 シリーズの運命を握る第3戦、残り1分48秒、ヒートは5点のビハインド。その時、運命に導かれるようにシャックがオフェンスリバウンドをもぎ取る。もちろんディフェンスはファールで潰す。2本のFT、ともに外せばチェックメイトだ。 だが、シャックは相変らずなぎこちないフォームながら、2本ともねじ込む。ライリーの表情をうかがい知ることは出来なかったが、拳を握り締めよろこんでいたことだろう。 このFTが、ヒート復調の合図だった。2連敗からの4連勝で、マブスを退ける。 18年ぶりにライリーはトロフィーを手にした。選手に囲まれ、表情をくしゃくしゃにして笑った。顔のシワは、いっそう多く、そして深く。 |







