Special Contents OTHER
折山淑美●文 text by Toshimi Oriyama
木場健蔵/フォートキシモト●撮影 photo by Kenzo Koba/PHOTO KISHIMOTO
第59号(2006年6月9日)
【陸上】澤野大地、主要国際大会初優勝〜プラハ国際陸上・男子棒高跳び

+拡大画像
「勝っちゃいましたよ!」

 明るい表情で澤野大地が話しかけてきた。6月5日、チェコ・プラハのユリスカスタジアムで行なわれたプラハ国際陸上。アジア勢が相手の大会を除くと、彼にとっては初めての国際大会での優勝だった。

 8日前の5月28日、オランダ・ヘンゲロではこの日と正反対の表情をしていた。国際グランプリFBKゲームズ。気温15度を下回る大会。直前の練習は絶好調で5m50にかけられたバーを軽々とクリアしていた澤野だが、試合になると状態は一変した。5m50から始めた最初の試技でふくらはぎがピクピクときた。2回目には左が、3回目には右がつってしまい記録無しに終わった。彼にとっては初めての大きな国際大会、我を忘れてしまった02年ワールドカップ以来の海外での記録無しだった。

「今年だけを見ても、優勝した5月の静岡国際陸上以外は、全部脚がつって失敗してるんですよね。それがなくて自分の力が出せれば、5m70は跳べて優勝争いに絡めるはずなんですけど。燃えすぎないように気持ちのコントロールもできていたし、何が原因なのかよくわからないんです」

 戸惑いを隠せないような表情だった。

 だがプラハでは、状態も正反対だった。試合前日までの動きは軽かったが、当日の跳躍練習になると動きは一変して悪くなっていた。5m50にかけられたバーをまったく越えることができない。

「ヘンゲロが記録無しだったという危機感はもちろんありましたよ。わざわざヨーロッパへ来て記録無しじゃ。練習では跳べないどころかポールが立たなくて……。助走が悪いからなんですよね。それがどうしても修正できなくて。5mさえ跳べないような跳躍だったから、本当に逃げ出したかったですよ」

 7〜8本の跳躍練習をやった後、時間はあったが頭を切り換えるために練習を止めようと考えた。スタートの高さもいつもは5m50から始めるが、この日は5m40にすることにした。試合は5mの高さから始まったため、時間に余裕があった。

「それでもう一回、ポールの下ろし方や助走のリズムを考え直してみたんです。それで意識を修正してから外でポール走をやってみたらそれがすごく良かった。それで『これだったら跳べるかな』と感じて。ただ、それがピットの上に立った時にできるかどうかは別なんで、最初の40の時はすごい気をつけて、落ち着いてやろうと思いました。そうしたら外でやったポール走と同じことができて、すごくきれいに跳べたんです。ポールの反発のタイミングも合ってて。ある意味40の一発目に賭けてたんですね。そこでいい意味で開き直れたというか。足の状態を意識しすぎてたのかもしれないですね。そっちばかりが気になってしまい、走りなどの方までは気持ちが回らなかったというか……」

 脚がつらないようにする対策もできる限りのことをやった。昼食を満腹になるまで食べ、ホテルを出る前にもパンにバターやジャムを一杯塗って食べてきた。さらに試合中にもチョコバーを2本食べ、スポーツドリンクや水を飲んでエネルギー補給に努めた。結局水分は2リットル半も飲み、一本一本の試技の間にはポールの下ろし方や助走のリズムを確認するために体を動かしていた。その度ごとに集中して丁寧に臨んだことが、5m50、60、70を一発でクリアする結果につながり、試技数の差で優勝をモノにすることになった。

「5m77は大会新だったから、是非とも跳びたかったんですけどね。3回目にポールを硬いのに替えたけど、それをもう一回早くしてれば可能性はあったかもしれませんね。もっと強気にいく必要もあるんじゃないかな、と思いました。優勝したのはうれしいけど、77を跳べなかったから気持ちは半々ですよ」

 5m70を跳んだポールは5月6日の大阪国際グランプリで同じ高さをクリアした時に使ったポールと同じだった。だが大阪はビュンビュンと強い追い風が吹く中での跳躍だった。そのポールを、風もなくなり寒い中で使いこなせたということには手応えを感じた。

「大阪の時に専属の栄養士さんと、脚がつるのはエネルギー不足かもしれないって話してたんです。結局、僕の中での『このくらい摂っておけば大丈夫だろう』というレベルが甘かったんでしょうね。もうこれ以上食べられないというくらいにエネルギーを摂ったのが、脚もつらなかったことや勝ちにもつながったんだと思います。これだけやらなきゃいけないんだなということを、自分に言い聞かせることができたと思います」

 それに加え、昨年も経験した会場での試合というのも好条件になっていた。風の状態もピットの状態もわかり、「こうすれば跳べるはずだ」というのが予測できた。

「去年、初めてヨーロッパ遠征をしたけど、幸いなことに為末大さん(400mハードル)が一緒だったからずいぶん心強かったんです。でも今年はコーチもメール連絡だけで、ビデオもない状態で、自分だけで組み立ててどこまでできるかというのをやりたかったんですよ。それに加え、いろんな条件の中で跳んで自分の経験値を上げることが今は必要だなと思って。去年の世界陸上とか、いろんな試合を戦って自分の心境も変化してきたんです。世界のアスリートはそうやって試合を転々としてますから」

 棒高跳びという種目は他の種目以上に風や気温などの気象条件、ライバルとの関係に影響される種目だ。昨年の世界陸上は気温も低く、強い風がクルクルと変化する難しい条件だった。そこで澤野は決勝へ進出したものの、5m50を跳んで8位に入賞するのが精一杯だった。優勝はレンス・ブロン(オランダ)の5m80。メダルラインは5m65を2回目までにクリアするものだった。自己記録が5m83だった澤野にとって、それは届かない記録ではない。だが条件が厳しくなれば厳しくなるほど、様々な経験で蓄えてきた貯金がものをいうのだ。それはより多くの場所で、より多くの試合を経験する中でしか身につくものではない。澤野が今チャレンジしようとしているのは、そんな経験を積み上げることだ。

「ひとりでポールを担いで試合を転々としてると、色々な問題も出てくるんですよ。今回も飛行機にポールを積んでくれるかくれないか一悶着あって、一時はポールが行方不明になったんです。大会の組織委員会の方が骨を折ってくれて、僕がプラハへ着いてから2日目に見つかってホテルへ届いたけど。まぁ、5mのポールが盗まれるようなことはないですからね(笑)。アテネ五輪の時も、一時行方不明になってたんですよ」

 練習が絶不調で逃げ出したくなった時、同じ試合に出場していた室伏広治から数日前に聞いた話を思い出した。「選手は状態が良くても悪くても、競技をする場に立ったら逃げ出すことはできない。そこで何とかするのは自分しかいない」というものだった。

「自分自身、ゴールデンリーグとかもっと大きな試合で勝ちたいと思ってヨーロッパへ来てるんですよ。だから、同じくらいのレベルの選手が集まったこの大会では勝っとかなきゃしょうがないだろうな、という思いが実際にあって。そこで彼らを試技数の差で抑えられたというのは自信にもなりますね。追い詰められた時にどう対処していけばいいのかということを、しっかり自分でできた試合だったと思います。練習で絶不調だった時は、本気で逃げ出したかったですからね(笑)」

 持病のようにみられていた、脚がつる症状も回避できた。だが澤野にはこの大会が、より大きな存在になっていくための、それだけではない何かをつかんだ大会でもあった。どんどんたくましくなっていくだろう澤野の姿を見続けることが、ますます楽しみになってくる勝利だった。

sportiva present 詳細はコチラ≫
sportiva 本誌アンケート こちらから応募できます
S-men's.net(sportiva)webメンバー募集中! 会員特典多数!!
mobile sportiva モバイルサイトも更新中!URLをメールで送信>>>
contact us 読者係:03-3230-7755 編集部:03-3230-6058
年間定期購読 お申し込みオンラインサービス

Sportiva 本誌
定価580円 毎月25日発売
今月の特集

黄金世代
世界を驚かせた18人の今

  • 黄金世代は何をもたらしたのか?
  • 小野伸二
    「もう一度、アフリカのピッチで…」
  • 柳沢敦が語る“シンジと黄金世代”
    「伸二からのパスは
    スバ抜けて優しかった」
  • ワールドユース99選手名鑑
  • 高原直泰
    「不敗神話を持つエースの10年」
  • 小笠原満男
    「もう第3の男とは呼ばせない」
  • 遠藤保仁
    「オレらの世代が
    やらないといかんやろ」
  • 稲本潤一&中田浩二
    「オレが欧州で戦ってきた理由」
  • 黄金世代 最強伝説
    「伝説は94年に始まっていた」
  • ドキュメント・ワールドユース99
  • オレとワールドユース99
    播戸竜二、酒井友之、
    永井雄一郎、南雄太、
    加地亮、本山雅志
  • ワールドユース99
    アフリカ事件簿
  • あの黄金世代たちは今……
    榎本達也、石川竜也、
    高田保則、氏家英行
  • フィリップ・トルシエ
    「彼らは抜群の世代だった。
    “黄金”かどうかは別にして……」
  • 検証・世界の黄金世代
    「日本を破ったスペイン
    “黄金世代”は
    なぜ消えたのか!?」
  • 岡田ジャパンは本当に
    南アに行けるのか!?
  • 江夏豊の夢野球紀行
    「四国・九州アイランドリーグ編」
  • ストイコビッチを
    日本代表監督に!
    1.欧州ジャーナリストほかが語る
    「ピクシーの変身」
    2.識者が解剖
    「ピクシーの手腕」
    3.藤田俊哉
    「代表監督にはカリスマ性が必要だ」
    4.グランパス主力選手アンケート
  • クリスティアーノ・ロナウド大研究
  • 西川周作
    「北京でまた
    ひと回り大きくなりたい」
  • スラムダンク奨学金2期生
    谷口大智&早川ジミー
本誌冒頭記事紹介