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武田葉月●取材・文 text by Hazuki Takeda
第56号(2006年5月17日)
【大相撲】皇牙、31年ぶり「二刀流力士」の挑戦〜大相撲夏場所

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 午後6時前、結びの一番が終わると、日本相撲協会の化粧まわしを締めた力士が、立行司から弓を受け取り、「弓取り」の儀式がおこなわれる。勝ち力士に変わり、勝者の舞を演じる弓取り式が終わると、ようやく本場所の土俵はすべて終了する。

 この夏場所、板倉(花籠部屋)以来、実に31年ぶりに関取でありながら弓取りも務める「二刀流力士」が登場した。

 皇牙都嵯(おうが・とさ)、福岡県直方市出身の28歳だ。

 幕下力士だった皇牙が、前任の武蔵富士(武蔵川部屋)から、この大役を引き継いだのが、04年初場所のこと。弓取りを務める力士は、原則として「横綱のいる部屋の幕下力士」となっている。横綱・武蔵丸の引退に伴い、武蔵富士が勇退。03年春場所に横綱に昇進した朝青龍の部屋の幕下力士・皇牙に白羽の矢が立ったのだ。

 180cm、118kgという力士としてはスリムな体型。浅黒い肌に精悍な顔立ちの皇牙は、弓取りを始めるや否や、女性ファンの熱い視線を集めるようになった。いわば「イケメン弓取り力士」の皇牙だったが、本業の相撲の方は軽量を突かれ、幕下中位をさまよっていた。「弓取り力士は出世できない」

 こんなジンクスも、無意識の中で皇牙を苦しめていたことも否めない。過去に、弓取りを務めていて小結まで出世した巴富士(九重部屋)、古くは前述の板倉らの例はあるものの、巴富士が弓取りを務めたのは、ほんの半年ほどの期間だった。

 もうすぐ05年が終わろうとしていた。弓取りを始めて丸2年。弓取り力士としてお客さんから声をかけえもらうことも多くなった。しかし、すでに28歳。15歳で入門してからすでに14年目となっていた。

 自分はこれでいいのか…。

 皇牙は悩みに悩んだ。

「関取」と呼ばれる、十両以上の力士は給料がもらえる。力士になった以上、自分が目指していたのは関取じゃなかったのか? 諦めていいわけがない…。気持ちは決まった。

 06年初場所、皇牙の地位は幕下東11枚目。幕下15枚目以内という番付は、全勝優勝をすれば十両昇進が決定するなど、力士にとって特別な意味を持つ地位。「最初で最後のチャンスだと思いました。力士人生最後の年にしようと思って、とにかくこの1年に賭けてみようって……」

 初場所5勝2敗と好成績を残した皇牙は、翌春場所の番付を西幕下4枚目まで一気に上げた。「勝負だと思いました。でも、弓取りをさせていただているせいか、不思議と伸び伸びと相撲を取れました」

 そしてこの場所、またしても5勝を上げ、場所後に夢にまでみた十両昇進を決めたのである。

 土俵入りの時に締める化粧まわしは、漫画家のやくみつるさんに描いてもらったもので、皇牙本人が弓取りをしている図柄だ。初日、新品の化粧まわしを締めて、十両土俵入りを務める皇牙の脳裏に浮かんだのは、この14年の力士人生のこと。同じ中学校出身の大関魁皇に憧れて、高砂部屋に入門したものの待っていたのは想像を絶する恐ろしい男の世界だった。「当時、高砂部屋には40人くらい力士がいて、寝ていても頭を踏まれてしまうくらい部屋に力士が密集していました(笑)。理屈なんか全然通らない。15歳で入門した時、Gパンを履いていただけで『Gパンはなんか顔じゃない(おまえは後輩なんだから、そんなものは履いてはダメだの意味)』とか、『扇風機なんか顔じゃない』って殴られたり…。こんな理不尽なこと、今はもうないでしょうけどね(笑)。でも、いつか見てろ! って不思議と辞めようとは思わなかったですね」

 皇牙は笑いながら振り返る。理不尽であろうとも、この世界で生き抜くこと、それが自分の相撲道だと信じていた。だから、十両に昇進しても、自分が自分であり続けるために、弓取りを続ける道を、みずから選んだ。「相撲を15日間取って(幕下以下は15日間で7番)、そのあと弓取りをして疲れないですか? って聞かれるけど、自分がやりたくてやっているので、疲れるってことはないですよ」

 新十両の土俵では、持ち前の動きのよさをいかんなく発揮。9日目を終わって、5勝4敗と勝ち星が先行している皇牙。四股名の皇牙は、魁皇の「皇」と長らく付け人を務めていた同部屋の兄弟子・闘牙の「牙」から取ったものだ。その闘牙は夏場所前に引退を発表。さらに残念なのは、ひとり横綱として結びの一番で相撲を取り続けていた横綱朝青龍も、ヒジのケガのために途中休場してしまったことだ。「横綱のあの気迫を見習って、まずは今場所を乗り切りたいです。そして来場所、横綱の相撲の後で自分が弓を振れるといいですね」

 スッキリした顔が、さらにピリッと引き締まった。

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