| 水野光博●文 text by Mitsuhiro Mizuno | |
| 第52号(2006年4月7日) | |
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【バスケットボール世界選手権】日の丸と田臥 そこに田臥勇太の名前があった。 3月18日、日本バスケットボール協会は、8月に日本で開催される世界選手権の日本代表候補22選手を発表。そのリストの14番目に彼の名前が載っていた。候補選手は4月中旬に集合し、合宿を重ね、本大会までに12人に絞り込まれる。 現在、田臥はNBAの下部リーグ・D−Leagueのアルバカーキ・サンダーバーズに所属しアメリカ暮らしだが、4月に日本に一時帰国することになっているという。その目的が日本代表の合宿に参加するためなのか、オフのためなのかはわからない。本人は自らのHPで、「協会の方々と話し合いをしてから最終的な方向性を決めたい」と語っている。 田臥の“夢”はNBA。そこは揺るぎない。しかし、そこに辿り着くための道は、どれも険しいが複数存在する。直線的に正攻法で挑むならば、世界選手権に出場せず、夏にアメリカで行なわれるNBAのサマーリーグに参加し、NBAのスカウトにアピールする方法。反対に、選出されるかどうかは別として、日本代表として世界選手権に出場し、大会でアピールするという方法もある。 果たして、彼はどの道を選ぶのか。その道がどこに続くのかも分からない。どんな道を選ぶことも、田臥の意思次第だ。 と、ここまで書いたが、いちファンとしてならば世界選手権出場の選択をして欲しいと切に願う。8月に日本で開催される世界選手権は、認知度こそ低いが間違いなく世界最高峰の戦いが繰り広げられる。 そもそも、NBA選手を派遣しながら2002年の世界選手権とアテネ五輪で苦汁を舐め、バスケ王国の復権に燃えるアメリカの本気っぷりが半端ではない。まだ候補選手でしかないが、その中にはコービー・ブライアント、レブロン・ジェイムス、デュワン・ウェイドなどNBAでの得点ランキング10位以内の選手が8人も揃う。しかも、選手選考が攻撃に偏っているワケではない。ブルース・ボウエン、ショーン・バティエといった、今までのアメリカ代表ならば選ばれることのなかったディフェンスのスペシャリストも選出されている。ビッグマン不足は多少不安ではあるが、他国から比べれば贅沢な悩みだ。 さらに、シャキール・オニールが直前で参加を表明する可能性も十分ある。チームを率いるヘッド・コーチは“コーチK”ことNCAAのカリスマ、マイク・シェシェフスキー。コーチKは、名門デューク大を指揮する名将で、その指導力を疑う者はいない。あえてNBAのHCではなくNCAAのHCを招聘したのは、NCAAのスタイルの方がより国際試合のスタイルに近いからだろう。オールスター的なエンターテイメントに偏ったチーム編成ではない。 しかし当然、ドリームチームが1試合平均44得点差で勝った92年バルセロナ五輪のようにはいかない。昨今、世界のバスケレベルは急上昇している。アルゼンチンのマヌ・ジノビリ、ドイツのダーク・ノヴィツキー、スペインのポウ・ガソル、中国のヤオ・ミンなど、NBAでもスター選手が各国に散らばる。2002年の世界選手権を制したのはユーゴスラビア、2004年アテネ五輪を制したのはアルゼンチンだ。 そして、田臥勇太の話に戻りたい。そのために、NCAAの名門校からドラフトされNBAという王道ではなく、遠回りをしてNBAの舞台に立った男の話をしたい。その選手は……。 今やサンアントニオ・スパーズの不動のスターター、アルゼンチンの英雄マヌ・ジノビリ。1999年6月、22歳の彼がNBAのドラフトで呼ばれた順位は、2巡目の57番目。これは、最低ランクの評価だ。しかし彼はチームに合流せず、その後3シーズンをイタリアプロリーグでプレイする。その間2度MVPに選出され、2002年の世界選手権での準優勝という経歴を引っ提げてから、スパーズに合流しまたたく間にチームに必要不可欠な選手となっていく。それが02-03シーズンのこと。 どの道がNBAにつながっているかなど、誰にも分からない。田臥が新たに踏み出す一歩は果たして。 |





