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折山淑美●取材・文 text by Toshimi Oriyama
築田 純/アフロスポーツ●撮影 Jun Tsukida/AFLO SPORT
第50号(2006年3月29日)
【スキージャンプ】日本ジャンプの顔・原田雅彦、引退

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 こんなにシミジミとした気持ちになってしまう大会は初めてだった。3月25日に札幌・大倉山ジャンプ台で行なわれた伊藤杯シーズンファイナル大会。この試合は原田雅彦だけでなく、宮平秀治など合計5人にとっての引退試合だった。

 アプローチは暖かさで緩んだ雪で、抜けが悪くなるという状態。東輝が「踏み切りで立ち上がろうとする、一番大事なところでブレーキがかかるんです」と悔しがり、葛西紀明は「怖いですよ」と呆れ顔になるような試合。追い風も手伝って飛距離がまったく伸びない展開のなかで、55番目に飛んだ千田侑也がブレーキングトラックで止まった途端、両手で顔を抑えたまま泣き崩れた。20歳で現役を退く、彼の最後のジャンプは68mだった。

 トリノ五輪代表の伊東大貴をジャンプに誘ったのは彼だった。小学校時代は数々の大会で優勝し、大貴と一緒に下川中学、下川商業高校に進み、卒業後も土屋ホームへともに進んだ。世界へ飛び出した大貴を見ながら過ごした、社会人になってからの2年間。結果を残せなかった千田は「すべてをやり尽くした、という心境ではないが……」というコメントとともに、最後のジャンプを終えた。

 ここ数年の大倉山でのジャンプ大会では、記録的ともいえる4100人の観客が訪れたシーズンファイナル。その多くは日本ジャンプの顔ともいえる原田を送りに来た人たちだった。

「ボロボロになるまで飛んでいたいと言ってきた。その願いはかなったし、37歳だけど青春だった」という原田。

 彼でさえ、満足したとは口では言いながらも、ジャンプへの思いを残しているはずだ。その原田以上に、思いを残しながら最後のジャンプに挑む選手たちの顔が大きなモニターに映し出されるたびに、複雑な思いが心の中を駆け巡った。

 原田引退のニュースは驚きだった。常に「まだまだやめませんから」と笑顔で話していた彼が、2010年バンクーバー五輪まではともかく、来年の世界選手権札幌大会までは挑戦し続けると思っていたからだ。だが考えてみれば納得はいった。技術云々だけではなく、トリノ五輪という大舞台でノーマルヒル失格のあとに気持ちを切り換え、再び闘争心を燃え上がらせることができなかった自分に、失望したのかもしれないと。

「残念だけど、しかたないか……」
 そんな気持ちだった。

 だが、同じく引退する宮平には、何ともいえない寂しさだけを感じてしまった。99年世界選手権ではノーマルヒル2位、ラージヒル3位。03年世界選手権でも4位と5位になっていた彼はまだ32歳。地味ながらも日本チームの柱だった彼は、トリノ五輪でもチームの中心選手になるはずだった。しかし、昨季は先端が軟らかすぎるスキーで波に乗れず、昨夏には「今のままでは世界とは戦えない」というヘッドコーチのアドバイスで新しいジャンプに取り組んだ。だが、新しく選んだスキーメーカーの板は、今度は逆に硬すぎて思ったようなジャンプができないままで代表から外れた。

 五輪代表決定後の国内大会では、やっと硬すぎるスキーにも慣れてビッグジャンプを連発して表彰台にも上がったが、結局は悔いを残すままでシーズンを終えていたのだ。

 試合終了後に引退選手だけで行なわれたラストジャンプ。原田の前に飛んだ宮平は111mに終わると「チクショウ。失敗しちゃった」と苦笑いを浮かべた。

「絶対に泣くまいと思っていたし、ジャンプ台へ来るために準備をしていた時までは普通だったんです。でも出発前に、今回は出場しなかった山田大起から電話がかかってきて『ありがとうございました』と言われて泣かれてしまって……。それでちょっとグッときてしまって、何かおかしな気分になってしまいましたね」

 だが彼は原田のように、力の限界を感じてやめるわけではない。彼自身「まだやれると思いますよ」と力強くいった。

「03年の世界選手権のノーマルヒルで1本目2位につけたんです。そこで『メダルを獲れるかな』と狙いにいって失敗して、それから何となく集中力が落ちてきたというか。それに今シーズンはいろいろなことが重なって結果を出せずに終わって……。何か気持ち的にも、今の全日本チームの体制ではやりたくないな、と思うようになったし……」

 昨春から全日本のヘッドコーチがフィンランド人のカリ・ユリアンティラに変わった。彼は10年のバンクーバー五輪へ向けて若手の育成を目標にしたが、07年の世界選手権札幌大会まではそれを強く打ち出すこともできない中途半端な状態だ。そんな状況のなかで中途半端な気持ちのままで競技を続けていくことはできないと、彼は現役続行を拒否したともいえる。だからこそ、長年見ていた者とすれば、寂しい気持ちになってしまうのだ。

 試合が終わった別れ際に、「電撃復活っていうのはどう?」とカマをかけてみた。すると宮平は「それも面白いかもしれませんね。そうなったらちょっとカッコいいですかね」と言い返して笑った。

 この大会では、98年長野五輪後、高校生時代からW杯代表になっていた中村和博の顔を久しぶりに見た。2年間競技を止めていたが、今季からまた始めたのだと楽しそうに笑った。それと同じような宮平の笑顔を、2〜3年後に見ることができたら。そんな思いを胸に、シーズン最後の大倉山を後にした。

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