| 山口理弘●取材・文 text by Masahiro Yamaguchi 二塚幹夫●撮影 photo by Mikio Futatsuka |
|
| 第48号(2006年1月31日) | |
【アルペンスキー】佐々木明 土壇場で掴んだ自信〜シュラドミングW杯
オリンピック前、最後のワールドカップで佐々木は、1本目5位、2本目3位のタイムを叩き出し、自身2度目となる2位の表彰台へ上がった。 オリンピック出場を早々と決めていた佐々木は、今シーズン、スラローム開幕戦となったビーバークリーク(アメリカ)で4位という好発進と言っていい滑り出しだった。だが、それは左大腿部の筋断裂という負傷の中で手に入れたもので、大切なシーズンの先行きに少し不安を残すものとなった。 続く12月の2戦で共に14位という成績で、第1シードを確保したかに思われた佐々木だったが、1月に入って消化器系に変調をきたし、そこから来る背中痛、腰痛に悩んだ。年が明けて最初のレースとなったアーデルボーデン(スイス)では2本目に残ったが、途中棄権。ウェンゲンでは鎮痛剤を飲んでの出場となり、1本目のスタート直後にバランスを崩してコースアウトとノーポイントのレースが続く。 しかし、途中棄権となったアーデルボーデンの滑りで、佐々木は今シーズン忘れかけていた「攻めるフィーリング」を取り戻した。ウェンゲンでは、その感覚を確実なものにするために「アウトしてもいいからフルアタック」と思ってスタート切る。実際にコースアウトしてしまったが、悔いはなかった。しかし、マインドを上げる機会は確実に減っていく。 オリンピックまで残すところ2戦となり、佐々木はこれまで、オリンピック前に一度は表彰台に上がると大口をたたいたことで、「ヤバイ、このままでは俺、口だけだなマジで」と思い始めた。 キッツビューエル(オーストリア)の3日前に例年開催されるウェステンドルフのFISレースは、足慣らしのために第1シードの選手がほとんど参加することで有名だ。一枚バーンのそこで、佐々木はフルアタックの滑りを試した。結果は1本目3位。そして優勝。このレースで佐々木の中には「攻めるフィーリング」が完全に戻ってきた。 「あの優勝は俺の中で本当に大きくて、優勝っていうのはどんなレースでも嬉しいもんだし、勝ったことで、スゲエ気持ちが乗って、あれが嘘の結果だって思われたくなかった」という佐々木は、それまで2本目に進んだことがなかったキッツビューエルで、14位。ここでは、不幸なことにゴーグルの選択を誤って、2本目のゴール直前の斜面にあった大きな溝に気がつかず、ガクンとスピードが落ちた。ポイントは取れたが、第1シードからは落ちてしまう。 中1日を置いて火曜日の夜のシュラドミング。ここは佐々木の大好きなコースだ。ここには独特の雰囲気がある。大雪が降ろうと、いくら寒かろうと夜のコースを埋め尽くす4〜5万の観衆が熱狂することでも他のレースとは異なった雰囲気を持っている。優勝したウェステンドルフ、そしてオリンピックコースであるセストリエールにも似ている。ナイトレースということも同じ条件だ。 第1シードから落ちたことは気にしていなかった。「落ちたら戻ればいいんでしょ」と思っていた。でも、オリンピックのためにもここシュラドミングで戻らなければならない。第1シードから落ちて18番というスタート順位はまだ大きなハンディではない。 1本目5位のタイムを出した佐々木は、ここも「我武者羅」に攻めようと思った。守る滑りは嫌だった。オリンピック前に一度はゴールして、自分が納得できるガッツポーズをしたかった。 2本目のゴールで佐々木はトップに立つ。沸き立つ観衆の中で、渇望していたガッツポーズをした。続く選手達は佐々木のタイムを上回れない。今期、絶好調、1本目2位のジョルジオ・ロッカ(ITA)がゴール直前にコースアウト。あと一人を残して、佐々木はまだトップにいる。1本目トップのカーレ・パランダー(FIN)がゴール。佐々木を上回った。佐々木2位。パランダーに佐々木と3位のベンジャミン・ライヒ(AUT)が歩み寄り、お互いの健闘を称え合う。 「今日はカーレが速かった。ゴールしてトップで、その後のことはどうでもよかった。ゴールした時、気持ちよかったから。俺はゴールしてガッツポーズをしたかったんだ」とプレスカンファレンスで話す佐々木の顔は晴れやかだった。 佐々木2位。そして皆川賢太郎6位。これがシュラドミングの日本チームの成績だ。皆川はウェンゲンでも4位に入っている。今の日本チームは、史上最高のパフォーマンスを持っている。オリンピックのメダル獲得も夢ではない。 |








