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水野光博●文 text by Mitsuhiro Mizuno
第47号(2006年1月30日)
【NCAA】聖地に立った日本人〜フープサミットとKJ松井

 マンハッタンの7番街、31stと33rdストリートの間にその建物はある。バームクーヘンみたいなその形は、近代的な高層ビルに紛れると古さとダサさが余計に際立つ。でもこのアリーナ“マジソン・スクエアー・ガーデン”を、人々は“バスケットボールの聖地”と呼ぶ。頭文字をとってMSG。NBA、ニューヨーク・ニックスのホームアリーナだ。

 1999年の春のことだから、もう7年近くも前のことになる。

 初めてアリーナに足を踏み入れた僕は、すり鉢状の客席の一番上あたりから、底辺にあるフロアーを眺めた。そこには、パトリック・ユーイングが、ラトレル・スプリーウェルが、ラリー・ジョンソンがいた。ニックスが好きだという理由だけで渡米してしまった僕は、ニューヨークのどこにいても居心地が悪かった。でも、このアリーナだけは別だった。多分、テレビで何度も何度も見た景色と一緒だったからだろう。

 コートでは両チームの選手がアップをしていた。客席の最前列では常連のスパイク・リーが、ゲーム開始前だというのに興奮した様子で手にしたニックスのユニホームを振りまわしていた。彼の横には、スクリーンで見たことがあるハリウッドスターが何人かと、有名なラッパーがいた。そんな彼らの存在には驚かされなかったが、もはや晩年、不要説が流れ始めたユーイングが、テレビ画面とは違って異様に素早いことにはビックリした。ヒョロヒョロに見えたスプリーも、会場で見たらレスラーのように筋肉隆々だった。

 彼らは数カ月後、“ミラクル・ニックス”と呼ばれる。

 第8シードからファイナル進出という奇跡を演じた彼ら。それを目の当たりにしてしまった僕は、もう他のチームは愛せなくなってしまった。

 日本では代々木第2体育館を、バスケットボールの聖地と呼ぶ。アメリカではMSGの他にも、ケンタッキー大のラップ・アリーナもそう呼ぶし、ハーレムにあるロッカーパークは、ストリートバスケの聖地と言われている。多分、もっと無数に聖地は、ある。でも99年のミラクル・ニックス以後、僕の中で聖地とはMSGだけを指すようになった。

 NBAはもちろん、大学や高校の試合会場になることはあったが、MSGで行なわれるのは強豪校が集う大会がほとんど。ショボイ試合なら、それなりのアリーナはいくらでもある。僕は、一番安いチケットを握り締め、すり鉢の縁のあたりから選手に声援を送り続けた。同時に、このコートに立つ日本人選手が現われることを願った。10年後だろうか、20年後だろうか。何年でも待つから、必ず観たいと願った。一昨年、田臥勇太があと数試合でMSGにサンズの一員として立ちそうだった。ホントにあと数試合だった。

 そしてついにNBAではないけれど、2005年12月23日、日本人が初めてMSGのコートに立った。

 松井“KJ”啓十郎、このコラムでも何度か登場しているが、名門モントロス高で活躍、フープサミットに世界選抜の一員として出場し、昨年9月NCAA Division I のコロンビア大に入学。そしてセント・ジョーンズ戦で22分間、松井はMSGのコートでプレイした。

 聖地に立つ日本人。僕は興奮した。多分、彼はもっとしたはずだ。MSGの縁から底ではなく、底から見た縁はどんな風に見えるんだろう。

 だけど、彼はそれほど興奮してはいなかった。

「なんか、狭く感じましたね。客席が近いなって。リングはシュートが打ちやすかったですよ。客席の上のほう? 覚えてないっす」

 なんだか期待を裏切られて、ガッカリしていると彼は続けた。

「Division I の大学入学も日本人初、ゲームをすれば日本人初。点を取っても、アシストしても、ターンオーバーしても初なんですよ。デビュー戦はやっぱり緊張もしたし、すごいことをしているかもしれないって思ったけど、初めてを何回か経験したら慣れました。だって、いくら何回『初めての何々』って言われても満足は出来ないですよ。僕の目標は、ファイナル4に出場する。ただそれだけっすから」

 非現実が現実になった日、非常識は常識になる。

 MSGに日本人が立つ日を夢みていた僕は今、MSGに日本人が立っても驚かなくなる日を待ち焦がれている。

 今年8月から日本で開催される世界選手権。1月15日に予選組み合わせ抽選会が行なわれた。日本は、ダーク・ノビツキー率いるドイツ、ポウ・ガソル率いるスペイン、パナマ、ニュージーランド、アンゴラと同組だ。6チーム中4チームが決勝トーナメントに進出できる。日本代表の目標は予選突破だ。世界各国のリーグのスカウトが集まる同大会、日本代表には1試合でも多く試合をして欲しい。

 205センチの双子・竹内兄弟、19才のピュア・シューター川村卓也など、日本代表にも世界のスカウトの視線を集める可能性を秘めた選手はいる。北京五輪の足がかりだけではない。NBAへ、海外リーグへの足がかりにして欲しい。

 MSGにだって日本人選手は立った。いつか、多くの日本人選手が海外リーグでプレイしても、“初”という冠がつかない日が、きっと来る。


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