竹内秀信●撮影 photo by Hidenobu Takeuchi
第66号(2008年3月14日)【MotoGP】史上初のナイトレースは、王者ストーナーが制す〜カタールGP
イベントとしては、大成功といっていいだろう。
F1に先駆け、グランプリ史上初のナイトレースとして行われた08シーズン開幕戦カタールGPは、砂漠のど真ん中で目も眩むような灯りに照らし出された環境の新奇さに加えてレース内容そのものの面白味も手伝い、大盛況のうちに終えた、そんな印象がある。
とはいうものの、観客動員数は3日間総計で8454人、とレースの本場欧州と比較すれば微々たるものである。しかし、MotoGPクラスの決勝スタート時刻、現地の午後23時は、欧州では時差の関係でプライムタイムの午後21時にあたる。開幕戦+プライムタイム+ナイトレース+白熱のレース展開、と興味を惹く要素が目白押しで、相当な高視聴率を稼ぎ出したと推測される。
レース内容に目を向けると、例によって圧倒的な速さで優勝を飾ったチャンピオンのケーシー・ストーナー(ドゥカティ)はともかくとしても、最高峰クラス初レースをポールポジションスタートから2位でフィニッシュしたホルヘ・ロレンソ(ヤマハ)、右手甲の骨折が癒えぬ状態で3位と大健闘したダニ・ペドロサ(ホンダ)、そして、最終ラップに憧れの人、バレンティーノ・ロッシを鮮やかにオーバーテイクして4位チェッカーを受けた、こちらもMotoGPルーキーのアンドレア・ドヴィツィオーゾ(ホンダ)の3名が、それぞれ大満足の表情を浮かべていた姿が非常に印象的だった。
彼ら3人は一様に、「デビュー戦でこんな活躍ができるなんて考えてもみなかった」(ロレンソ)「正直、これほどのリザルトを期待していなかった」(ペドロサ)「こんなに素晴らしい結果を残せるとは思わなかった」(ドヴィツィオーゾ)と、予想以上のリザルトを得た驚きを正直に告白している。
ロレンソは、レースの1週間前に行われたテストでも最速タイムを記録して、ポテンシャルの片鱗を披露してはいた。だが、ここで正直なことを告白すれば、彼が実際に決勝レースでここまでのパフォーマンスを示すとは思ってもいなかった。
というのも、言い訳めいてしまうが、じつはスペインの某バイク雑誌が毎年開幕前に行うアンケートで訊ねられた際、ロレンソについては「シーズン後半になれば表彰台に絡む走りができるようになるのではないか」と回答していたのだが、自分を含めて今回の結果を予測できたジャーナリストはほとんどいなかったはずだ……などといえば、負け惜しみに聞こえるだろうか。
とはいえ、ロレンソ自身、土曜の予選でポールポジションを獲得した後に「明日は今日のようにうまくいくとは限らない」と言っているのだから、2位という結果が本人にとっても予想外のものであったことは間違いなく事実だろう。
ペドロサの3位という結果も、本人の言葉にもあるとおり、上々のリザルトだ。ペドロサは1月下旬のプライベートテストで右手甲を骨折し、開幕戦の2週間前に行われた公式テストでようやく復活を果たした。公式テスト前日に久々にペドロサと顔を合わせ、手の状態を見た山野一彦監督は「この怪我では、厳しいだろうな」と思ったという。
このテストで、ペドロサは好タイムの走りで監督の不安を払拭してみせたが、それでも傷口を清潔に保つために5周以上の連続走行は控えるような回復状態だった。それからわずかの日数で、手の状態は未だに完璧からほど遠いにもかかわらず3位でフィニッシュ。
ペドロサは、レースの後に「最後はこんな状態になって……」と、安堵の笑みを浮かべながら右手が痙攣する仕草をしてみせた。
4位でチェッカーを受けたドヴィツィオーゾにしても、まさか自分が、初対面の際に口も利けないほど緊張した選手をMotoGPデビュー戦でオーバーテイクし、さらにはその前でチェッカーを受けてしまうなど、本当に想像もしていなかっただろう。
「イタリア人トップでフィニッシュできるとは思ってもいなかった」との言葉は、ドヴィツィオーゾ本人に限らず、おそらく全イタリア人関係者の正直な気持ちの代弁でもあるはずだ。それだけに、今回のリザルトはまさに喜びもひとしお、といったところだろう。
そして、彼らの後塵を拝して5位でチェッカーを受けたバレンティーノ・ロッシだが、テレビカメラにこそ笑顔を見せていたものの、内心では歯噛みするほどの悔しさと憤懣を抱えていたであろうことは、想像に難くない。
自分が一番であるとの誇りと勝つことへの執着心は、誰よりも強い。その執着心が怒りに転じ、驚異的な集中力に昇華されたとき、ロッシは誰にも手のつけられない速さを発揮する。
開幕戦で自分より10歳近く年下の若手ライダーたちに翻弄された屈辱は、この人物の闘争本能に間違いなく火をつけたはずだ。その炎が契機になって、次の第2戦ヘレスではいったいどのような「世代間抗争」を繰り広げてくれるのか。これもまた今は予測不能というほかないが、だがそうであればあるほど、観戦する楽しみもまた増すというものである。







