戸村 功臣/アフロスポーツ●撮影 photo by Atsushi Tomura/AFLO SPORT
第53号(2008年2月26日)「接近・展開・連続」は何処へ行ったのか〜東アジア選手権
東アジア選手権第3戦は1−1の引き分けに終わった。この対韓国戦でも、岡田ジャパンはこれまで同様、パッとしない内容に終始した。これで早くも6試合を戦ったことになるが、いずれの試合からも冴えを感じることはできなかった。このまま進んでいっても岡田サンが言うところの「世界を驚かすサッカー」は不可能なような気がする。アジア予選通過はなんとか果たせても、本大会での活躍は望み薄。ジーコジャパンと同じような運命を辿りそうな姿しか想像できない。
岡田サンは「02年W杯で韓国ができたのだから」と、ベスト4入りしたヒディンクコリアを引き合いに出し「世界を驚かすサッカーを」と、大きく出たわけだが、就任して6戦を消化した今、岡田ジャパンにヒディンクコリアに通じる匂いを感じるかといえばノーだ。岡田サンがヒディンクのように、明確な完成図を持ち、その実現に向け1戦1戦、着実に歩んでいるようには全く見えない。
ヒディンクが韓国代表監督に就任した時、02年W杯の開幕は1年半後に迫っていた。にもかかわらず、ヒディンクコリアはしばらく負け続けた。敢えて強豪と対戦し、そして黒星の山を築いた。01年6月に行なわれたコンフェデ杯でも、グループリーグで敗退した。準優勝に輝いたトルシエジャパンとは対照的な絵を描いている。しかし、ヒディンクはこちらのインタビューに対し、自信満々に「すべて予定通り。韓国代表はここから右肩上がりになっていくはずだ」と胸を張った。「敵国」のライターに、ご丁寧にも計画表まで見せてくれながら。
実際、ヒディンクコリアは、本番が近づくほどに成績を上げていったのだが、当時のヒディンクに感じた自信を、少なくとも今の岡田サンからうかがうことはできない。「すべて予定通り」と、語るだけの余裕はないはずだ。世界を驚かすサッカーとの関連性も見えてこない。目先の戦いに、一喜一憂してしまっている感じだ。
いったい「接近・展開・連続」は、何処へ行ってしまったのか。かつての早稲田ラグビーからヒントを得たという方法論を、岡田サンはキャッチフレーズとして掲げた。接近とは具体的にはプレッシングだ。そこで奪ったボールをできるだけ早く展開する。そしてそれを連続して繰り返すということだが、いただけないのは、その大前提になるプレスが何より利いていない点である。
韓国戦でいえば、特に前半、相手に大きな展開を許してしまったことが不発に終わった原因だった。むしろ日本が「接近」されてしまい、プレスの罠にはまることになった。ボールの奪われ方は日本の方が、はるかに悪かったのである。そこから韓国はピッチをワイドに使い大きく「展開」していった。少なくとも、それを前半「連続」して行なわれてしまった。「接近・連続・展開」を、キャッチフレーズにしている国がしていない国に、そのお株を奪われるかのようなサッカーをされる皮肉めいた悲劇が起きたのだ。
接近・展開・連続を行なうための設定が悪いからに他ならない。それをしたいのならば、攻撃の際にピッチの幅を活かす必要がある。ボールを奪う際には布陣をコンパクトにし、奪うやパッと散る。そうしないと相手に、逆プレスをかけられる危険が高まる。
だが、岡田サンはサイド攻撃を重要視していないかのようなメンバーを、韓国戦のスタメンに並べた。加地に左サイドバックとしての適正がないことは、第1戦(北朝鮮戦)で実証されたのではなかったのか。4−2−3−1の3の右に橋本を起用したアイディアにも首を傾げたくなる。不似合いなポジションだとは思わないのだろうか。後半の最後でそうした布陣になったのではない。開始早々から、ミスキャストを見せつけられると、期待感を抱くことはできなくなる。
相手の韓国は、日本よりさらに悪い顔ぶれが並んでいた。韓国サッカーに詳しい人間によれば、この中からA代表のスタメンを飾るのはひとりかふたりという話だ。バリバリのA代表に引き分けたわけではない。少なくとも内容では圧倒していなければ、合格点はつけられない。第2戦の中国もしかり。海外組が戻れば上積みは期待できる、岡田ジャパン以上にだ。マックス値はどちらの方が高いか。可能性をどちらの方に感じるか。それは優勝を逃したこと以上に、問題視されるべきである。「世界を驚かせたい」という監督のサッカーに、世界を驚かす可能性がないと分かれば、即座に「ノー」を突きつけるべきだと思う。
「本番」で1分2敗や、3連敗は、岡田サンにも十分できると思う。しかし、それ以上の期待は、就任以来の6戦を見る限り抱けない。残念ながら想像できない。サッカー協会の関係者が、にもかかわらず「岡田サンしかいない」というのなら、日本サッカー界は冬の時代を迎える可能性がある。現状からの脱却を、僕は切に願ってやまない。






