| 浅田真樹●文 text by Masaki Asada 小内慎司●撮影 photo by Shinji Kouchi |
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| 第31号(2007年1月16日) | |
群雄割拠の時代を迎えた高校サッカー
今大会は、1回戦から優勝候補と呼ばれる学校が、次々に姿を消していった。そんななか、盛岡商はそれほど前評判の高いチームではなかった。前線から中盤にかけては、160cm台の小柄な選手も多い。残念ながら、見た目の迫力には欠ける。それでも抜群の運動量とスピードを生かし、積極的に縦へ仕掛ける攻撃は、見ていて実に小気味よかった。 準決勝の八千代戦では、試合終了間際、相手GKのミスで決勝点を拾うなど、ラッキーな部分もあったが、夏場以降徹底的に走りこんできたというスタミナは、最後まで衰えることがなかった。決勝で敗れた作陽の野村雅之監督には、「最後は走り負けです」と脱帽させた。 だがしかし、ともに初の決勝進出となった作陽対盛岡商という顔合わせは、フレッシュな印象を与えたと同時に、ややスケールダウンした大会を象徴していたように思う。 確かに両校とも、各ポジションに穴がなく、組織的にしっかりと整備された好チームではあった。だが、わずか数年前までは、そんなチームであっても、日本一への壁は高くて厚かったはずなのである。というのも、“横綱”の存在が、それを阻んできたからだ。 帝京、市立船橋、東福岡、国見、鹿児島実、これに静岡県代表を加え、横綱グループは形成されてきた。過去20年さかのぼってみても、優勝校が前記に該当しないのは、68回大会の南宇和、70回大会の四日市中央工(帝京と両校優勝)、そして前回大会の野洲の3校のみである。 ところが近年、こうした横綱たちが絶対的な存在ではなくなってきた。そもそも、都県予選で苦戦することが少なくない。今大会でいえば、国見と静岡学園の2校が出場できたのみである。その結果、高校選手権は群雄割拠の時代を迎えることとなったのだ。 その原因のひとつには、Jリーグ誕生から14年が経過し、優秀な人材がクラブユースに流れるようになったことが考えられる。09年U−20ワールドカップ出場を目指し、先ごろ立ち上げられたU−18代表(89年以降の生まれ)のメンバーを見ても、圧倒的にクラブユース所属の選手が多い。高校選手権全体を見渡したとき、個々の選手が小粒になっている印象は否めない。しかも、その傾向は年々加速しているように感じられる。 確かに、傑出した活躍を見せるスター選手は姿を消した。今大会の得点王、小室俊之(作陽)にしても、そのゴール数はわずかに4点である。だが、高校選手権が群雄割拠の時代に突入したのは、何もクラブユースへの人材流出ばかりが理由ではない。 各地域に優秀な指導者が現れるようになったことも、大きな要因だろう。今大会でも出場各校が押しなべて、組織的なサッカーを展開できるようになり、しかも、それを実現するだけの選手が揃えられるようになっていたのである。頭抜けた選手はいなくとも、平均的な選手の技術レベルは確実に上昇しており、しかも、地域格差はなくなっている。もはや、名前負け、などということは過去のものだ。 両者ががっぷり四つに組む。だが、その状況を打開できる、頭抜けた選手はいない。当然、試合は拮抗したものとなる。群雄割拠の時代は、こうして確立されてきたのである。そして今後も、この傾向は続くと思われる。 こうした“どんぐりの背比べ”状態を、どう評価するかは難しいところだ。確かに、圧倒的な力を持つチームが消えたことは、寂しくもある。だが、もはや高校選手権は、この世代のトップ・オブ・トップの大会ではない。にもかかわらず、各選手が平均的な技術レベルを上げ、各チームがこれだけの戦術を発揮できているということは、日本サッカーの底辺が確実に広がり、そして上昇していることの証明だといえるだろう。 最後に。今大会では、スコアレスの末にPK戦決着となった試合が増加した。その事実を、大会レベルの低下と捉える向きも多い。事実、シュート技術の未熟さに問題があるとは思う。だが、果たして、それがすべてだろうか。 高校選手権は決勝戦を除き、通常の試合よりも10分短い80分間で行なわれる。その分、体力的に余裕が残るため、地力の差が出にくくなる。少々技術、体力で劣っていても、粘りこむことが可能なのだ。恐らく試合時間を90分にするだけでも、状況はずいぶんと変わるだろう。加えて、トーナメントでやる以上、1回戦から延長を導入するのも当然考えるべき施策のはずだ。試合日程の過密が問題なら、もっと大会開幕を早めればいい。 高校生である選手をはじめとする現場は、必要な努力をし、相応の力を伸ばしている。選手にばかり責任を押し付けず、トーナメント大会が正常に機能するための術を、ピッチ外の大人たちは考えるべきである。 |







