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浅田真樹●文・撮影 text & photo by Masaki Asada
第27号(2006年9月26日)
若き日本代表、U-17ワールドカップ出場へ〜AFC U-17選手権優勝

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 鮮やかな逆転勝ちを収めた決勝戦はもちろん、表彰式を終えてもなお、キャプテンの水沼宏太はいまだ興奮冷めやらず、といった様子で言葉を弾ませた。

「今まで、(表彰式で)カップを掲げたことなんてなかったのに、初めてのカップが、しかもアジアチャンピオンっていうことで、ホントに自分で鳥肌が立っていたし、最高の気分でした」

 今年9月、シンガポールで行なわれたAFC U-17選手権において、日本は6大会12年ぶりに優勝を飾った。ワールドカップ、女子アジアカップと、今年に入り、国際大会であまり明るい話題のなかった日本サッカー界に、久々に届いた朗報である。

「大会を通じ、選手たちは1試合ごとに成長し、たくましくなった」

 優勝を決め、城福浩監督がそう語ったように、若年層特有の好不調の起伏こそあったものの、選手たちはたくましく全6試合を戦い抜き、アジアの頂点へと辿り着いた。

 この大会の日本は、一次リーグ第3戦の韓国戦でひとつのピークを迎えた。

 過去、接戦こそ繰り広げるものの、なかなか勝ちきることができなかったライバルを、ついに3対2で競り落とした。コンパクトなブロックを作り、しっかりとボールを動かすなかで、次々に選手が動き出し、相手のDFラインを破る。目指すサッカーが完全に近い形で発揮されたゲームだった。

 ところが、ここから一転、苦戦が続いた。

 決勝トーナメント最初の準々決勝では、イランを相手にDFラインが押し込まれ、自分たちのサッカーを展開できないままPK戦へ突入。12人目まで続いた死闘を制し、U−17ワールドカップの出場権は得たものの、重圧から解放されたプラス要素よりも、疲労から来るマイナス要素のほうが目立つようになっていた。準決勝は2対0で勝利したものの、押し込んでいるわりには、なかなかゴールを割れない歯がゆいゲームに終始した。

 だからこそ、決勝戦で北朝鮮に2点のリードを許したときには、もはや勝負あったかに思われた。DF甲斐公博はこう振り返る。

「最初、相手の攻撃に押されて、ズルズル下がってしまった。北朝鮮のFWは体が大きくてボールが収まっていたから、うまくアプローチにいけなくて。そこでズレができて、しかも後ろからもどんどん飛び出してくるから、フリーで簡単にやられていた」

 だが、「自分たちがやってきたサッカーに誇りを持って戦え」。城福監督にそう言われ続けてきた選手たちが、これで終わることはなかった。甲斐が続ける。

「でも、2点取られた後は、しっかり修正できたし、攻撃は立ち上がりからボールを回せていて悪くなかったんで、しっかりと僕らDFが修正できればいけるかなと思っていた」

 選手それぞれニュアンスは微妙に異なるが、このままでは終われない。その思いだけは共通していた。

「イラン戦もああいう形で勝っていたんで、全然慌てなかった。今日も神様はいるんだって。神様を信じて、自分たちを信じて、プレイしました」(水沼)

「僕は別にそんな、勝てるやろうと思っていたんで。落ち込まずにやって、自分のところにボールが回ってきたら、点を取ってやろうと思っていた」(MF柿谷曜一郎)

 後半に入ると、チーム立ち上げから1年8カ月続けてきた「人とボールが動くサッカー」で、日本はじわじわと北朝鮮を追い込んでいく。

 そして56分、柿谷の宣言通りの芸術的なボレーシュートで1点を返すと、さらに77分。鋭い動き出しから次々にチャンスを作り出していた途中出場のFW端戸仁が、同点ゴールを叩き出す。

「相手の裏のスペースは見えていたし、ひとつの予備動作で簡単にマークから逃れられたので、いい形でパスを受けられた。点を決めることだけ考えて貪欲に走った結果、同点ゴールに結びついてよかった」

 ついに、前を行く北朝鮮を捉えた日本。90分間でトドメを刺すことはできなかったが、延長に入っても勢いを失うことはなかった。延長後半となる 112分に、河野広貴が待望の決勝点を決めると、終了間際の119分に再び河野がダメ押しゴール。日本は自分たちのサッカーを貫き、北朝鮮を追い落とした。

 16歳の選手たちにとっては、初めて経験する大きな国際大会。初々しい喜びがピッチ上に爆発する。

「優勝がかかっている試合なんで、全部出し切ろうと思ってやった結果。みんなで優勝できたことがうれしいっていうか、最高としか言えない」(柿谷)

「ここまで来られて、人生で一番というくらい、うれしかったです」(端戸)

 世界大会出場というノルマを達成したばかりか、優勝という最高の結果を手にしたU−16日本代表。だが、つかの間の喜びに沸くチームにあって、甲斐の一言が印象的だった。

「率直に、まずはうれしい。でも、喜ぶのはこの2、3日で、またそこから来年に向けての準備が始まると思うんで、自分のチームでもそうだし、国体も近いから、しっかりと切り替えて頑張っていきたい」

 残念ながら、この年代の世界上位国はアジアレベルとはケタが違う。自信を持って、アジアを制した“日本人の特徴を生かしたサッカー”を継続していくのと同時に、そこではさらなるレベルアップが不可欠となる。城福は言う。

「ここが終着点じゃない。ここにきている選手たちが世界大会(のメンバー)に選ばれる保証はない」

 水沼がカップを頭上に高々と掲げた瞬間から、来年8月、韓国で開かれるFIFA U-17ワールドカップへ向けての競争は、すでに始まっているのである。

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