アフロ●撮影 photo by AFLO
第26号(2007年5月2日)【大学野球】大学球界のニューヒーロー・斎藤佑樹の実力〜東京六大学野球
地下鉄の外苑前駅から神宮球場へ向かう道すがら。初老の男性に手を取られた孫らしき男の子が微笑んでいる。
「今日、サイトウ投げるの?」
年の頃は、7、8歳だろうか。おじいちゃんの顔を覗きこみながらそう問いかけると、憧れの人に出会える喜びからか、足早に球場を目指していた。
大型連休2日目の4月29日、日曜日。前日の夏日に続き、神宮球場周辺はこの日も初夏を思わせる陽気に包まれていた。開幕戦から3連勝中の早大と、実力校・法大の一戦は第2試合。それでもすでに第1試合開始の30分前にはチケットを買い求める人々の長蛇の列ができていた。観客の大半のお目当ては、早大の1年生右腕・斎藤佑樹。彼の姿を一目見ようと、神宮球場へは2万8000人もの観衆が詰めかけた。休日、さらに野球観戦日和の天候とはいえ、大学野球としては異例の数である。早慶戦を除き、東京六大学野球で観客が2万人を超えたのは1990年秋の立大vs法大以来、17年ぶりのことだという。
13時40分。斎藤が、肩慣らしのために小走りで右翼後方へ向かう。5m、15m、30mと距離を延ばしながら、球筋の良い、低く正確な球を控え捕手のミットに投げ込む。続けて一塁側ブルペンで約10分間の投球練習。試合前から、スタンドの視線は常に斎藤に向けられていた。そして、両校のスターティングメンバーが紹介されるなか、「9番・ピッチャー・斎藤佑樹」のコールが球場に響き渡ると、観客のボルテージは一気に高まった。
注目のなか、迎えた斎藤の立ち上がり。法大の先頭打者、左打席の和泉将太に対し、斎藤はカウント2−2と追い込みながらも、この日最速となる145キロの真っ直ぐを三塁手後方に運ばれる。犠打で一死、二塁とされると、3番・今井諒の二塁内野安打でリーグ戦初失点を喫する。だが、そこからが並みの1年生ではなかった。動揺はない。「点を取られて吹っ切れた」と振り返るように、続く中軸から2者連続三振を奪った。昨夏の甲子園でもそうであったように、苦しい状況ほど冷静に、そして大観衆の視線、声を自らの力に変えてみせるあたり、斎藤の非凡さを感じた。結局、7回を投げて得点圏に走者を進めたのは2度だけ。7奪三振1失点は、先発の役割を十分に果たすものだった。春のリーグ戦で1年生開幕投手が2戦で2勝を挙げたのは、これが初である。
初登板となった東大戦では6回を投げ、1安打無失点。その時点では開幕戦でチームを勝利に導いた1年生右腕を賞賛する一方、リーグ戦連敗中の東大が相手とあって、すべてが肯定的な評価ではなかったように思える。だが、立大戦で3打席連続本塁打を記録するなど好調を維持していた4番・大澤裕介を軸とする強力打線の法大相手に見せたこの日の好投は、改めて実力の高さを証明するものだった。これが、斎藤の持つ能力のすべてとは言わない。勿論、斎藤本人だって、これで終わるつもりはない。だが、試合後に淡々とした表情ながらも「正直うれしいです」と語ったように、確かな自信を手にしたことには違いない。
さらにこの日は、バットでも勝利に貢献。同点で迎えた4回裏の第2打席でインハイのボール球を叩き、勝ち越しとなる左前安打を記録した。斎藤にとっては、リーグ戦初打点である。一塁ベースを駆け抜け、打球の行方を確かめながら両手を2度、3度合わせ、マウンド上ではなかなか見ることのない小さなガッツボースまでしてみせた。その時、スタンドのバックネット裏に陣取っていた男性が、照りつける太陽のせいだろうか、それとも片手に持っていたビールのせいだろうか。いずれにせよ、ほのかに顔を紅潮させてボソっとひと言。
「役者だねぇ」
ヨン様の追っかけから方向転換したと言えば怒られるだろうか、そんなやや年配のご婦人方や、手作り弁当を持ち込み楽しげに野球観戦をする男女、「佑ちゃん」と書かれた手作りボードをスタンド前列で掲げる20代の女性。それぞれに野球の楽しみ方は違えども、この日の役者、斎藤佑樹を目の当たりにした観客は、一様に笑みを浮かべ、満足気に球場を後にした。
そういえば、試合前に出会ったあの男の子は、夕食を囲みながらこの日の出来事を自慢げに両親に語っただろうか……。投球内容もさることながら、大学球界に現われたニューヒーローは、どこか懐かしい古き良き時代の風をも、もたらしてくれているような気がする。







