全てのコメント佐藤嘉洋本人が書いています
| 試合結果一覧(2005年5月以降) | |
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| 2008年 | |
| 10月1日 | 対 魔裟斗(日本) 延長判定負け K-1WORLDMAX2008世界一決定トーナメント 準決勝 MAXの日本人エースに挑みました。 並みの選手なら1R目のヒザのカウンターでKOしていたと思います。 それぐらいまともに入っていました。 しかし、魔裟斗選手はそれでも前に出てきて、 2R目はジャブをうまいタイミングで何回も合わせられ ポイントを獲られてしまいました。 3R目はもうダウンを獲るかKOするしか勝てないので 倒されてもいいから打ち合いにいきました。 判定負けもKO負けも同じ負けです。 なら勝つために玉砕覚悟でブチ切れモードで。 このモードに入ると僕は強いです。 序盤に打ち合ってパンチをカウンターで当てて、 最後は左フックから右ストレートを当ててダウンを獲りました。 また奇跡が起こったと思いました。 このときニュートラルコーナーで待っているとき 僕は間違いなく感じました。 日本武道館が揺れていたんです。 日本の格闘技ファンが心待ちにしている舞台で 自分がこうやって会場を揺らしているというのはこれまた奇跡だなと。 僕のブチ切れモードはダウンを獲ったあと終わって、 あとは冷静に戦ってしまい判定は延長にもつれ込んでしまいました。 延長は負けたと思ったので、判定を聞くまでもなく 相手コーナーに行って『負けました。』と伝えて帰ってきました。 判定じゃダメだ。 今まで判定でも何でも勝つのがプロだと思っていましたが それじゃダメだ。 絶対KOで勝つという気持ちで戦わなければツメが甘くなる。 勝負は息の根を止めるつもりでやらないと。 色々なことを学んだ試合でした。 俺はもっと強くなるでしょう。どうもありがとう。 |
| 7月7日 | 対 ブアカーオ・ポープラムック(タイ) 3RKO勝ち K-1WORLDMAX2008世界一決定トーナメント ベスト8 因縁の対決です。 まさか今年二回目の対戦になるとは思ってもいませんでした。 対戦が決まったときマジかよと思いましたが、 なぜか根拠のない自信がありました。 これは4月のディレッキー戦でも感じました。 だからきっと俺ならなんとかなるだろうと思っていたら 本当になんとかなってしまうんだから 人生って素晴らしいですね。 3R1分過ぎの右ヒザが入ってからブアカーオ選手の動きが極端に落ちて その後の攻撃でダメージが蓄積して最後は右のクロスで倒しました。 しかし、勝負は半分あのヒザで決まっていたのかなと思います。 場内は総立ちであんなに興奮状態になっているのを初めて見ました。 自分の試合でこんな風にみんな感動してくれているなんて! こんなに良い試合になったのは僕だけの力ではなくて 1Rから果敢に倒しに来たブアカーオ選手のおかげでもあります。 ひょっとしたら僕が倒されていたかもしれないし、 本当にギリギリのところで勝てた奇跡の試合だったと思います。 自分はこの作品(試合)を死ぬまで誇りに思って生きていきます。 |
| 4月9日 | 対 ムラッド・ディレッキー(トルコ) 判定勝ち K-1WORLDMAX2008世界トーナメント ベスト16 今年のベスト16の相手は非常に強い相手との対戦になりました。 パンチも強いし、身体能力も非常に強い選手でした。 飛びヒザを食らったのは初めてでした。 展開は序盤から足を狙ってローキックをコツコツと当てて なんとかペースを掴みました。 ディレッキー選手も途中からローが効いて動きが落ちたので そのままペースを握って判定で勝ちました。 世間が思うよりもディレッキー選手は強かったです。 今回のトーナメントの初戦でこういった強い選手に勝てたことは大変自信がつきました。 |
| 2月2日 | 対 ブアカーオ・ポープラムック(タイ) 延長判定負け 2008日本代表決定トーナメント スーパーファイト コヒ選手の怪我で対戦相手がブアカーオ選手に変わりました。 正直マジかよ。と思いましたけど、 自分の自信を取り戻すためにも良い一戦になりました。 試合は寒さもあると思うのですが、 互角に戦うことができました。 小森会長はもともと『互角に近い力はあるから自信持て』と 言ってくれていましたが、二年前やはりああいった形で倒されているので トラウマみたいなものはありました。 自分のトラウマとの戦いでもありました。 勝負は延長にもつれ込んで、最後は左フックでパンチを効かせることができたのですが、 序盤、中盤はいいようにパンチで押されてしまいました。 判定は2−1でブアカーオ選手でした。 負けはしましたが、今年はいけるという自信がついた一戦でもあります。 |
| 2007年 | |
| 10月3日 | 対 アルバート・クラウス(オランダ) 判定負け K−1WORLDMAX2007世界トーナメント準々決勝 クラウス選手とは二回目の対戦になりました。 前回のデニス戦で完封したのにも関わらず、 1ポイントしか差がついていないジャッジを見て K−1という舞台はKOを狙いにいかないと勝てるものも勝てなくなると思い、 1R目から倒しにいきました。 試合は序盤からお互い意地になって殴りあいです。 なんだかやってて楽しかったです。 最終Rにパンチ効かされて負けましたけど Kー1に来て初めて全力を出し尽くせたかな まあ負けたけどそんなに後悔はしませんでした。 このままいけば必ず光は掴める。 ベルトも掴める。 |
| 6月28日 | 対 デニス・シュナイドミラー(ドイツ) 判定勝ち K−1WORLDMAX2007世界トーナメント開幕戦 デニス選手は欧州トーナメントを勝ち抜いてきた強豪です。 僕も日本代表として負けられません。 ここで負けたら今年の僕はここで終わり。 必勝体制で試合に臨みました。 デニス選手はスピードもあり、体も頑丈でした。 しかし、まだ経験が浅く他のトップ選手と比べると一枚落ちるかなと思いました。 試合は終始ローとヒザで攻めてペースを握りました。 3RはKO狙ってガンガン飛びヒザとハイキック出しましたが KOには至りませんでした。 この日何かが僕の中で変わって、 これからはそういう相手を倒しに行く気迫を出して攻撃しようと思いました。 悪い意味でKOを狙うんではなく、 良い意味でKOを狙っていきたい。 そういう姿勢で試合に臨みたいなと。 ちょっとK1来てから綺麗に戦いすぎた。 魂込めて攻めよまい。 |
| 4月4日 | 対 アンディ・サワー(オランダ) 判定負け 世界最終選抜セミファイナル 調子も万全でとても良い状態でリングに上がりました。 2007年は色々と精神的に試していて、 サワー戦はその色々な試しが裏目に出ました。 体の調子はよかっただけに、残念でした。 1Rはサワー選手がスロースターターということもあり、 僕のペースで試合を運ぶことができました。 しかし2Rからサワー選手も前に出てきて 少しずつパンチで押されるように。 効いていなくても押されればポイントになります。 今年に入ってからサウスポーも練習していて、 試合で試してみたかったので3Rはサウスポーで戦いましたが、 これは失敗でした。 2Rで若干ポイント取られ気味だったぶん 3Rはオーソドックスでどんどん前に出て 勝負をかけるべきでした。 試合はそのまま判定にもつれ、 随所でパンチを当てた印象が良かったサワー選手の勝利となりました。 次サワー選手とやったら絶対勝ちたいです。 |
| 2月5日 | 対 TATSUJI(アイアンアックス)1RKO勝ち K−1WORLDMAX日本代表決定トーナメント決勝 決勝は去年と同じ顔合わせになりました。 試合前TATSUJI選手とはこの先何回も戦うことになるんだろうなあと 勝手にライバル心を出してしまいました。 去年よりもお互い消耗している状態での決勝。 でもTATSUJI選手の方がきつそうでしたね。 僕はダメージの溜まっているローを中心に攻めました。 そして一回戦から積極的に出してきた飛びヒザが出すごとにタイミングが良くなり、 決勝でとうとうどんぴしゃのタイミングで当てることができました。 スパーではなかなか練習できないので、 一回戦から少しずつタイミングを掴んできた結果だと思います。 自分だったら絶対食らいたくないと思うくらいの手応えだったのに、 あそこから立ってきたTATSUJI選手も本当に根性あると思います。 飛びヒザのタイミングはもう完全に合わせることができたので、 立ってきたところにもう一発入って、僕の優勝になりました。 でもあんな綺麗に入る飛びヒザはもう出せないと思うので、 次は期待はしないでください。 |
| 2月5日 | 対 尾崎圭二(チームドラゴン)判定勝ち K−1WORLDMAX日本代表決定トーナメント準決勝 テコンドー出身の尾崎選手。 去年の9月に僕の名古屋の知人が尾崎選手の弟子だったことがあり、 僕の昔の先生にこんなに強い選手がいると聞きました。 もちろん僕も尾崎選手の活躍はしっていたので、 『いつか対戦することもあるかもね。』と言ってたら、こんなに早く対戦しちゃいました。 試合展開はというと、尾崎選手がパンチ、飛び技で攻めてくるのに対し、 僕はヒザとローでコツコツ攻めました。 それでたまにハイキックや飛びヒザがチョコチョコ当てることができたので、技のレパートリーも少しずつ増やせそうです。 これまた結果は僕が勝ちましたが、一回戦の白須選手同様、 根性のある良い選手でした。 |
| 2月5日 | 対 白須康仁(花澤)判定勝ち K−1WORLDMAX日本代表決定トーナメント準々決勝 木更津出身の白須選手。 木更津は最高の街だと白須選手が言ったので、 名古屋と木更津の勝った方が最高の街ということでどうでしょう? と前日会見で僕は言いました。 試合は僕がヒザとローで攻めて、 白須選手がそれにパンチを合わせるという展開になりました。 結果は僕が勝ちましたが、白須選手はとても良い選手でした。 これからもっと経験を積めば、世界レベルの選手になるんじゃないかと思いました。 いやいやこんな良い選手がいるんだから木更津も良い街ですね。 引退したらお互いの街で一緒に酒でも飲みたいなと思いました。 |
| 2006年 | |
| 9月4日 | 対 アルバート・クラウス(オランダ)判定負け 世界王者対抗戦 セミファイナル 試合序盤は良い感じでローキックを何発も当てて、ペースを掴みかけたように見えましたが、 2R終盤から手数が減り、相手のパンチに押されるようになりました。 そのまま判定にもつれこみ2−0で判定負け。 何言っても言いわけになるので、勝つまでは何も言いません。 弱いから負けた。以上。 |
| 6月30日 | 対 ブアカーオ・ポープラムック(タイ)2RKO負け K−1WORLDMAX世界トーナメント準々決勝 僕がMAXの舞台で一番強いと思える男と、お互いノーダメージの状態で戦うことになりました。 これは僕にとっても願ったり叶ったりでした。 やはり強い奴と戦うのはワクワクするからです。 試合は序盤は良いペースで蹴りを打っていくことができたのですが、 中盤に僕の左アッパーが入ってからは、パンチの交錯が多くなりました。 今にして思えば一体何を考えているんだという感じです。 そしてパンチ力、タイミング、スピードに勝る相手に鼻を折られました。 その後ワンツーを交わされ、カウンターでワンツーを入れられ、ダウンを取られます。 その後のことはよく覚えていませんが、ここは勝負を賭けて前に出なければ倒されると本能的に思ったので、パンチの打ち合いに出ました。 あそこで行かずに負けたら一生後悔して生きていくことになったでしょう。 僕のパンチは当たらなかったけど・・・ 2R目は意識朦朧としていて、なんだかよくわからないまま倒されました。 一応ダウン後に立ちましたが、レフリーストップでした。 続けたかったけどレフリーの判断なのでしょうがないです。 前蹴りをつかまれるのだってムエタイではよくある技で、つかみの対処法だって、しっかりと教えられています。 それを僕は前蹴りつかまれて、そのままパンチを合わせにいこうとしていました。 そんな技、キックをやり始めて誰からも習っていない。 後日ためしに掴みからのパンチをやってみて、相手に僕と同じ動きをしてもらったら、 めちゃくちゃ良いタイミングでカウンターパンチ食らわせれました。 まあやられるべくして、やられた。そんな感じです。 僕の06年の夢は散ったけど、また這い上がって強くなって帰ってくるから、 結果を出してそのときになったら、また再戦して欲しい と試合翌日ホテルでブアカーオとプラムック会長に話しました。 この悔しさは死ぬまで忘れない。 |
| 4月5日 | 対 マイク・ザンビディス(ギリシャ)判定勝ち K−1WORLDMAX世界トーナメント一回戦 ザンビディス選手は鉄拳の異名を誇るハードパンチャー。 試合は序盤から僕のローキックとヒザが有効に当たり、ペースをにぎります。 こんなに当たって良いの?って自分で思うくらい出す攻撃が当たります。 しかし、そこは相手も百戦錬磨でした。 ラウンド終盤に強烈な左フックを食らって、効かされました。 それでもなんとか持ちこたえて2R以降もペースを崩さず、 ローとヒザで相手の攻撃を封じ込めて判定勝ちでした。 試合後会長からはパンチをもらい過ぎだとこっぴどく怒られました。 そんなんじゃトーナメントは優勝できない!と。 |
| 2月4日 | 対 TATSUJI(アイアンアックス)判定勝ち K−1WORLDMAX日本代表決定トーナメント決勝 ワンデイトーナメントは初めての経験だったので 一日3試合なんてどうなることやらと思いましたが 意外にスタミナや身体的には消耗せずに勝ち上がってこれました。 これも猛練習の賜物でしょう。 決勝は1R目は若干パンチで下げられる場面があり、 小森会長の指示で2Rに入ってこちらもパンチで応戦する作戦に変えました。 これで展開ががらっと変わり僕のペースになってきました。 ヒザは相当効いている様子で、ヒザが当たるたびに「うっ」という呻き声がしたので 倒せる!と思ったのですが、やはり相手も根性があり、なかなか倒れてくれませんでした。 3Rはまた少し作戦変えてローキックとヒザで攻める戦法に変えました。 結果僕の判定勝ちで、初めてのトーナメントで優勝することができて、 とりあえずホッとしています。 でもまだその先にあるトーナメント制覇が僕の目標です。 ここで満足していては何も始まらない。 もっと上を目指して一心不乱に頑張ります!! |
| 2月4日 | 対 上山龍紀(TEAMKings)1RTKO勝ち K−1WORLDMAX日本代表決定トーナメント準決勝 初めての総合格闘家との対戦でした。 でも総合で勝負したら僕が負けるに決まっていますが 立ち技で勝負したら僕は負けるわけにはいきません。 サウスポーで構える相手の攻撃をしっかり見て、 奥足と内股へのローキックで相手の右ヒザの靭帯を損傷させて1R終了時にTKO勝ちとなりました。 TKO勝ちはKO賞もらえないので、残念でした。 |
| 2月4日 | 対 新田明臣(バンゲリングベイ)判定勝ち K−1WORLDMAX日本代表決定トーナメント 1回戦 新田さんとは一緒に練習したこともあってプライベートでは親しくさせてもらっています。 でも僕らはプロなので、試合になればお互い何の関係もなく殴り合えました。 試合が始まる前リング中央でルール説明を受けているときに 新田さんの気合が凄かったので、気合負けしないように コーナーに戻る途中で「ぶっ殺してやる」と自分に気合を入れました。 試合はお互い前に出る戦いを貫いて、試合中とても楽しかったです。 3R入るときはお互い笑みを浮かべてゴングを待ちました。 僕はオランダで一緒に新田さんとアムステルダムの町を歩いたことを試合中に思い出しながら戦いました。 試合後に聞いたら新田さんは僕と試合をしている夢じゃなくて、 一緒に遊んでいる夢をよく見たみたいです。 なんだか試合を通じて、僕は一段と仲が良くなったような気がしました。 新田さんがどう思ったかはわかりませんが(笑) 日本人相手に試合中に楽しくなったのは初めてでした。 |
| 2005年 | |
| 10月12日 | 対 ガオグライ・ゲンノラシン(タイ)判定勝ち K−1WORLDMAX 世界王者対抗戦 セミファイナル 前回の敗北により、自分の情けなさを痛感しました。 今回負ければ全て終わりだ・・・そんな気持ちで敗北からすぐさま練習を再開しました。 K−1では自分が得意としていた首相撲、ヒジがありません。 そして今までその技術で勝ってきたという感じだったので、とにかく自分の身体能力をもう一段階高めて 首相撲、ヒジに頼らなくても圧倒的に勝てるように仕上げる計画をしていました。 結果必死さというものは人間変えるもので、僕の体つきは体重が変わることなくみるみる変わっていきました。 内容物、筋肉密度がよくなってきたのでしょう。 そして試合はK−1ヘビー級で大活躍しているガオグライ選手が対戦相手に決まりました。 自分の存在価値を取り戻すためには絶好の相手です。 試合はガオグライ選手の減量苦もあったとは思うのですが、 課題であった終始前に出続けるという本来のスタイルが取り戻せて、見事勝利をもぎとることができました。 2005年になってスランプ気味でしたが、ようやく脱出することができました。 色々賛否両論があるとは思いますが現時点での自分の精一杯の力を出すことができて 今年初めて満足できる試合ができました。 しかし、まだまだ僕は発展途上ですし、もっともっと強くなると確信しています。 次戦からはもっと圧倒的な強さが対戦相手をねじ伏せたいと思っています。 理想は二度と僕と戦いたいと思わせないような勝ち方をすることです。 ようやく雨は止んだ。あとは晴れるばかり・・・ |
| 7月20日 | 対 ヴァージル・カラコダ(南アフリカ) 判定負け K−1 WORLDMAX 決勝トーナメント スーパーファイト カラコダ選手は5月のトーナメント初戦でクラウスに敗れた選手です。 ボクサー出身で強烈なパンチを武器にアグレッシブに攻めてくるファイターです。 ボクサー出身ということなのでセオリー通りにヒザとローで攻めていくという作戦でしたが、 相手はローやヒザに対する耐性が高く、なかなか倒れてくれませんでした。 K−1においてのボクサーの中では破格の強さを持った選手だと思います。 気持ちも強く素晴らしい選手だと認識しました。 僕はといえば情けない話で、3Rの途中で自分が勝っていると勝手に思い込んで 試合を流してしまいました。 ですが、僕がこの試合で出場しているのはキックボクシングではなくK−1です。 K−1参戦のとき、あれだけ判定基準を頭に叩き込んでおいたはずなのに この試合ではキックボクシングのリングにいるときのような判定基準で臨んでしまいました。 結果はやはり見栄えの良いパンチを何度か僕の顔面に叩き込んだカラコダ選手の勝利となりました。 この試合の敗北は今までで(2005年12月現在)一番悔しい敗北でした。 そして何より自分が許せませんでした。 だから控え室や閉会式でカラコダ選手が挨拶しにきたときは笑顔で挨拶できましたよ。 カラコダ選手は強かった。そして自分が情けなかった。 別に対戦相手憎んだってしょうがないですから。 でもようやく目が覚めた・・・そんな気がしたんです。 |
| 5月3日 | 対 ウィリアム・ディンダー(オランダ)判定勝ち K−1WORLDMAX スーパーファイト 全日本を退団してから初の試合となりました。 K−1からのオファーにGOを出してくれた全日本に深く感謝しています。 対戦相手のディンダーはオランダで一緒の大会に出たことのある、オランダの中堅の選手です。 試合展開は1R開始早々パンチで攻めてくるディンダーでしたが、パンチは完全に見切っていたので、僕がパンチを食らうことはありませんでした。 逆に僕はそのパンチにあわせて、奥足へのローとヒザでカウンターを合わせ着実にダメージを与えていきます。 2Rも時折ディンダーはパンチのラッシュで前に出ますが、足へのダメージが相当溜まってきているようで、うまく打てません。 僕としては2R中に倒したかったというのが本音です。 3Rは前蹴りの連打で会場が沸いてくれて、とても嬉しかったです。 出場選手の中僕一人だけキック会場になっていたのは嬉しかったですよ。 オイオイ言われると僕も乗ってくるんでこれからも皆で言ってください。 このラウンドは前蹴り、ヒザ、ローでダウン寸前まで追い詰めるのですが倒しきることができず、すいませんでした。 ディンダーの精神力も強かったと思うのですが、僕自身もっと納得のいく試合がしたかったです。 採点は3者ともに30−27でしたが、僕の採点は100点満点中10点ですね。 遅い、弱い、切れがない。の3拍子そろいました。 もっともっと精進して、みなさんの心が震えるような試合をします。 こんなところで満足はしてられないよ。俺はトップを獲りに来たんだ。 |
