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3月28日(日)2冠王者へのイタリア遠征記 その4 2月28日


とうとう試合当日を迎えた。

悪化していた体調もなんとか精神力で悪くない振りをして自分で誤魔化した。体調悪くても良くても試合は刻々と迫ってくるのである。
どんどんふさぎこんだって試合は迫ってくるのである。それなら考えないほうがプラスになる。自分で悲劇のヒーロー装ったって誰も助けてくれない。

朝食を食べ、昼食を食べいつものようにホテルで試合までボーっと過ごす。

そして、会場には午後6時くらいに会場入りした。
迎えの車はものすごく運転が荒くて、道路逆走して対向車と正面衝突しそうになる。あれはまじで焦った。試合で死ぬのは致し方ないが、試合やる前にこんな死に方はゴメンだ。

試合開始は午後9時のはずだったのに、さすがは時間にルーズなヨーロッパ。いつまでたっても開始されない。どんどん開始は遅れて、最初の試合が始まったのは夜の22時過ぎだった。進行の段取りも悪く、控え室の寒さに底冷えした。

今回はいつもよりもナーバスになっている自分がいた。なんからしくもない。心の中でも「柄でもねえな」と自分に笑ってしまった。
結局僕の試合が始まったのは夜中の2時。日本なら考えられない時間だ。

1ラウンドでダウンは取られたが、不思議と焦りはなかった。
自分なら絶対逆転できると信じていた。オレはここで負けるわけにはいかんのだ!!断片的に記憶が飛びながらも、ここからどうすれば自分が勝てるか、を冷静に考えられる自分がいた。どんな劣勢に立たされても焦らず、冷静さを失わずにすんでいるのは会長の指導のたまものだろう。

結果最後にパンチで大逆転して、見事世界2冠を達成した。そして何より、日本では完全に無名であるのにも関わらず、こんな強い相手に巡り会えた事が僕は嬉しかった。僕は強い奴にあうとワクワクする。そして、そんなワクワクする相手とこれからも戦っていきたい。

〜つづく(次回最終です)

3月21日(日)2冠王者へのイタリア遠征記 その3 2月27日

この日の夜9時より計量である。体重に余裕があったので、昼間はプロモーターのマルコさんと軽く昼食を食べに出かけた。

そこでマルコさんにヤッシーンのことについて話を聞いてみたところ、ヤッシーンはムエタイがベースだがパンチが非常に強く、デニービルに5〜6年前に勝っている。イッティポンには判定2−1で敗れはしたが、パワーでは押していた。キャリアは90戦近くある。年齢は30歳。
などを聞いた。

それと同時に僕とイッティポンの試合をビデオでマルコさんは見たらしく、
「あの試合はしびれたぜ!!」
と言ってくれた(笑)
「今回の試合はノープロブレムだよ。」
とも言ってくれた。
実際は全然ノープロブレムではなかったのだが・・・(笑)

食事に行った場所は会場のマツダスタジアムのすぐ隣で、昼食の後に会場の下見に行った。
「で、でかい!!」
代々木第2と同じくらいと聞いていたが、僕は代々木第2に行ったことがないのでわからない。とりあえず、でかいというが最初の印象だ。こんなでかい会場で客入るのかよ。と思った。
今日の計量はこの会場で行うとのことだった。

ホテルに帰って、計量までのんびりと時間を過ごす。夜の8時にロビーに集合して会場に向かうとのことである。

そして、夜8時にロビーに行ったがいつまでたっても迎えはこない。選手達は待ちぼうけだ。すると電話が入り、8時20分に向かえにくるという。ロビーで時間を過ごす。
だが20分過ぎてもまだこない。そして、またフロントに電話が入り、今度は50分に来るという。
そして計量の場所はマツダスタジアムから、選手達が泊まっているこのコロンブス・シーホテルに変わったらしい。
もう20数戦戦ってきたが、計量の場所が変わったのは初めてだ。(笑)

計量が始まり、日本人選手3人は全員一発でパス。その対戦相手3人は全員オーバーだった・・・。しかも、その3人とも落とす気はまったくなし・・・。結局、一応は落としたことにはなっていたが、実際のところはどうだったんだろうか?
ヤッシーンは
「下痢気味だからいいだろ?」
なんて言い訳をしていた。
丸山の相手のミルコ・マンチュソは800gオーバーだったのだが、
「パンツが800gあるから許してくれ」
と懇願していた。

ここまでくると訳がわからん。
俺だって今回ずっと体調が悪いんだ。それでも体重だけはしっかり落としてきた。
タイトルマッチの時くらい、体重はしっかり落とせ!!
これだからキックボクシングの競技性がいまいちぱっとしないんだ。ちっ!!

結局体重は不透明のまま試合翌日を迎えたのである。

〜つづく

3月14日(日)2冠王者へのイタリア遠征記 その2 2月26日

次の日の朝9時に起床・・・と言っても夜中3回ほど目が覚めてしまったが。
その後僕と会長と丸山と山口先生と4人でジェノヴァの町を30分ほど散歩にでかけた。朝の光を浴びて体内時計を戻すためである。

ジェノヴァはイタリア屈指の港町で、山と海に挟まれた静岡の熱海みたいなところである。山と海に挟まれているので天気が変わりやすいのか、ジェノヴァ滞在時には晴れの日と雪の日が交互に訪れた。この日は晴れ。前日は雪だった。

近くに大型のショッピングセンターがあったので、そこで飲み物などを調達して、ホテルに帰る。後輩の丸山が計量が終わってから食べるものや飲み物を異様に多く買っている。減量時における異常な行動だ。だいたい計量が終わると、なんでこんなに買ってしまったのかと後悔する。

夕方に近くのスポーツジムで軽く体を動かせてもらうことになった。
そのときジムに連れて行ってくれた人はとても日本が好きなようで、積極的に喋りかけてきて楽しかった。挙句のはてはデビルマンのテーマソングを車の中でかけて歌いだしたので、僕も一緒に歌っておいた。二人でイタリア語講座と日本語講座を一緒にやった。

ジムの中はとても広くて動くには申し分なかった。中には怪しげなボクシングのおじさんと帯を縄跳び代わりにして飛んでいる(日本だったら失礼極まりない)空手の子供たちがいた。
そこで軽く汗を流して、ホテルに帰る。体重調整はまったく問題なかった。

〜つづく

3月7日(日)2冠王者へのイタリア遠征記その1 2月25日

2月25日の9時の便で名古屋空港を飛び立つ僕は、朝の6時に起床。
最初は成田へ移動だったので、てっきり国内線かと思って受付に行ったら、国際線だという。一路急いで国際線ターミナルへと急いだ。

成田からは12時45分のスカンジナビア航空でデンマークのコペンハーゲン空港まで飛び、コペンハーゲンで4時間待った後、ミラノのリナーテ空港へと向かう。
このスカンジナビア航空は他のルフトハンザやKLMよりも座席が広くて、体の大きい僕にとってはかなり心地の良い航空会社なのだが、なにしろ行きの飛行機の中の暑いこと!!
半袖でも汗が出てくるくらい暑かった。そこに10時間缶詰である。

この飛行機の中で完全にのぼせ上がって何か嫌な予感を感じながらコペンハーゲンに着いた。今度はここで4時間も待機しなければならない。そして、この空港の寒いこと!! ぶるぶる震えながら過ごした。この極端な寒暖の差で僕は体調をすっかり悪くしてしまったようで、なにやら悪寒がしていたのだが、「気のせい、気のせい」とあまり深く考えないようにした。

そしてコペンハーゲンからリナーテに着いたのだが、入り口には珍しく、僕らが着くよりも早く向かえが来ていてた。イタリア人はみんな良い人が多いのだが、時間には超ルーズである。今回のプロモーターのマルコ・コスタグーダさんだ。(小林聡さんと2回戦った選手)

空港の外に出るとマルコが「ちょっと2分待っててくれ。車とってくるから」と言って車を取りにいった。僕たちは待った。イタリアの凍える夜の中をひたすら待った。2分、5分、10分、20分待ってもマルコは全然姿を現さない。2分って言ってたのに・・・。
結局30分以上凍えて外で待ちボケを食らって、悪い予感のしていた体調はどんどん悪化の道をたどるのであった。

ミラノのリナーテ空港からジェノヴァまで、また遠い道のりで車で2時間ほどかかった。途中でなぜかマルコと仲間たちが喫茶店に入ってコーヒーの飲む。僕たちはVERY TIREDなのだ。
「早くホテルへ連れてってくれ。頼む」
結局ホテルに着いたのが夜中の一時過ぎ。家を出てから29時間かかってでホテルに着いた。はあ。

今回の行きはマジで疲れたけど、ここで弱気になるとマイナスにしかならないのでずっと「これが当たり前、これが当たり前」と念仏のように頭で念じていた。
頭の中で「今回やべーな」と嫌な予感を感じながら思いながら、ベッドに倒れこむように寝た。

〜つづく

3月5日(金)あごが痛い・・・


みなさん。ただいまです。
試合は各メディアが報じているとおり最後の最後で大逆転して勝ちました。まあ、お客さん的にはとてもドラマチックな試合だったとは思うのですが、(日本から来てくれた人は泣いて喜んでくれたそうです。)僕的には赤点の内容ですね。もっと完璧に勝ちたかったです。

ダウンしたのなんかホント3年以上もしてなかったんで、びっくりしちゃいました。ダウンしたとき、ふ〜んオレもまともに食らえばダウンするんだあって、ヒザつきながら物思いにふけりました(笑)。

まあ、それでもダウンしても意識飛びながらも冷静にセコンドの声は聞けたし最後までハートは折れることもなかったんで勝てたんだと思います。

試合後はピザを食いまくろうと思ってたのに、アゴが痛くて一枚しか食えませんでした。今、僕の顔は左側だけアンパンマンになってて、かわいい顔になってますが、気にしないでください。
このHPの帰国直後の写真とか動画とかでアンパンマンになってますので、一度ご覧あれ。家帰ってからはもっとアンパンマンになってます。左側だけね!

今回の試合でつくづく思ったのはホントまだまだ世界中には強い奴がいるなってこと。僕だってまだまだ世界最強クラスの奴を何人か倒しただけのことです。だからまだ自分が世界最強だなんて口が裂けても言えませんね。まだ見ぬ強豪に失礼な話です。

僕はまだ世界トップクラスの中の一人に過ぎない。まだまだこれからって感じです。もっと一人づつその並びにいる奴らと片っ端から戦って、勝ったり負けたりしながらみなさんに世界最強の夢を見せられればなあと思います。

僕はもう保守的になることはありません。ALWAYS CHALLENGEっす!!
普通の選手より早く壊れるかもしれないですけどね(笑)。そんときはそんときです(笑)

んでは明日以降はイタリアの遠征記でも書こうかなって思ってますんで、お楽しみに!!



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