山崎智也(Photo:池上一摩)ただし――パブリックなイメージと実像のギャップが、これほど大きい男もそうはいない。
山崎智也がアイドルと呼ばれるようになったのは、1997年全日本選手権を制した頃のことだ。デビュー5年目、23歳だった山崎は、SG参戦2戦目。これを電撃的に優勝したことで一躍脚光を浴びるようになった山崎は、同時にそのルックスもまた注目された。モンキーターンという旋回技術が若手を中心に取り入れられ、それに伴い世代交代が急速に進んでいた時代。コワモテのベテランレーサーをクールな若手レーサーが凌駕していく時流の中、山崎はまさしくその象徴的な存在となった。タレントであってもおかしくないような容姿が女性ファンの心をつかみ、競艇ファン以外にも名前を知られる選手となっていく。もちろん、実力も文句なしだった。98年には2つめのSGタイトルを獲得(笹川賞)、賞金王決定戦の常連ともなり、名実ともにトップクラスの一角を担っていた。
そんななかでの山崎の戦いっぷりは、実は武骨で男っぽいものであった。相手をねじ伏せるかのような外からのマクリ。道中では後手を踏んでも絶対に最後まで諦めない突進の連続。もちろん、スピードやテクニックを活かした華麗な走りもおおいに目立ってはいたが、ここ一番で見せる迫力あるレースぶりは、彼が骨っぽい勝負師であることを示していた。
「24時間、仕事に使わなければいけないんじゃないか、と思う。でも、それが今はできていない……」
そう言って筆者を驚かせたのは、BOATBoy06年5月号でのインタビューだった。
Sports@nifty競艇特集のSGピットレポートでは、当初は常に「気になる山崎智也」として、彼の動向で稿を締めるのが定番化していた。実を言えば、取材班のなかに彼を特別に追いかける人間がいるわけではない。主にピット記事を執筆していた筆者も、もちろん好きな選手の一人ではあったが、フリークと呼べるほどのファンかといえば、正直そこまでとは言い難いのが事実だ。しかし、ピットでのふるまいはたしかに「気になる」のだ。レース直前以外は笑顔が多く、ころころと他選手になついてじゃれ合っている姿は、ピリピリした緊張感に包まれているSGのピットにあって、一服の清涼剤のようにも思えた。
しかし、それがあくまでも山崎智也の一面でしかないということを、筆者は初めての長い会話のなかで知った。常に自分と向き合い、哲学をもち、それに照らし合わせて己の足りなさを知る、正真正銘のプロフェッショナル。ピットで見る笑顔の向こう側に、レーサーとしての男らしい芯が隠されていたのは、新鮮な驚きであると同時に、イメージはイメージでしかないことを改めて教えてくれることだった。
BOATBoy09年5月号で、3年ぶりにインタビューをした山崎智也は、相も変わらぬプロフェッショナルであった。正直、3年前に比べれば成績は降下している。彼自身、今は非常にツラい時期であり、不本意な成績に苦悩している。それでも、山崎智也の男らしい本質に変容はない。
だから、山崎智也の“復活"はそう遠い日のことではない、と確信する。すでに2度獲得しているタイトルで、相性のいい福岡で行なわれる笹川賞で復活宣言がある可能性も充分だろう。そのとき、彼はどんな姿を見せてくれるだろうか。アイドル・山崎智也なのか、プロフェッショナル・山崎智也なのか、その両方なのか――。あるいはまた、我々のイメージにはない、山崎智也が見られるのかもしれない。





